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イタリアのスコーラ・エレメンターレに入学したとき、彼は『ジョルノ・ジョバァーナ』と呼ばれることになっていた。身内には花京院初流乃という名前で呼ばれていたからには、そして彼自身の中で、『ジョルノ・ジョバァーナ』というある種の"渾名"は一度、すっかり『終わったこと』になっていたからには、彼はそれに少なからず抵抗があったことは言うまでもない。当初、自分の戸籍その他諸々に関して少々影の落ちるところがあるのかもしれない、と、両親に対してひどく悶々としていたこともある。そしてそれがただの杞憂に過ぎず、両親から彼への「持って生まれた名前」すなわち"彼自身"への尊重と、イタリアでの生活に馴染みやすいだろうという配慮からのものだった、と知ってから、もうずいぶんと経つ。

「彼らがジョジョであったのと同じように、君もまたジョジョなんだ」

父が笑顔でそういって頭を撫ぜたから、それはきっと誇らしいことなのだと、彼はそう胸に抱えて生きてきた。
「ジョジョ」それは母が祖父の名前を呼ぶ時につかう渾名で、それでいて両親の親友の渾名でいて、そして従妹のように可愛がっているその友人の娘も、彼女の母にはそう呼ばれていた。彼が「ジョジョ」と呼ばれることは極めてまれであったが、父や母は、時々茶化すように、けれどどこかいとおしげに、誇らしげに、そしてなぜか、少しだけ寂しげに、その渾名で彼を呼ぶことがあった。
ジョジョであるためのジョルノ・ジョバァーナなのか、それともジョルノ・ジョバァーナであるからジョジョなのか、それはもう、彼自身の知る所ではなかったし、それに彼のアイデンティティの置き所はジョルノ・ジョバァーナでも汐華初流乃でもなく。花京院初流乃なのであった。
なにせ、ジョルノ・ジョバァーナ、という名前での生活は、至極面倒なものであると花京院初流乃は思ってやまない。
エレメンターレでもスコーラ・メディアでも、黒髪の日本人ではどうにも浮く筈の外見だというのに、どういうわけか自分はだいたい常に人気があったし、彼はその中で"それ相応"の振る舞いをしなければならなかった、というのが、窮屈でたまらなかったのだ。だからといって、彼はその面倒ごとを切り捨てるわけにはいかなかった。なぜなら彼の母はきっと「学校へ行きたくない」といえば「そうか、なら好きなだけ、私の研究室にいればいい」といって大学の研究室に彼を招待するだろうし、父も苦笑しつつそれを受け入れるだけの度量がある。だからこそ、彼はそれに甘えずに生きてきた。懐が広く、誠実で、温かい両親から注がれる際限のない深い愛。彼は家族に愛されている自覚があったからこそ、自立していたのである。

そして彼は、ジョジョというあるちっぽれな、ただの渾名の運命のもとに生きていることを知らなかった。
そもそも彼自身を含め、彼の父も、父の友人もその一族自体も、その運命を知っていたのかは定かではない。
彼の母だけが、その本当の意味を知っていたのかもしれない。

けれどジョジョは、その血の運命のもとに生きていた。
それだけは事実で、それだけは確かで、
きっとそれだけはどうにも逃れられないことだったのだろう。

汐華初流乃は鏡を見据える。
黄金色の髪、彼がかつて握りしめていたあの写真に映っていた男と、まるで似た、透き通った白磁のような肌。血色のよい赤い唇、もうだれも日本人とは思わないだろうな、と微笑を浮かべる。それはほとんど血のつながらない彼の母と、まるで生き写したかのような姿だった。

ジョルノ・ジョバァーナは考える。
自分がジョジョであることの意味、茶化すようにして父が言った冗談の、本当の意味を。彼には心の底から信じてやまない確信があった。母は死んでなどいないで息をしているということ、そして今、父が彼女をどうすることもできないということ、きっと母は窮地にいるのだと。
既に、その時がきているのだということを。

花京院初流乃は星を見る。
暗ふと触れた指の先、窓の外。首筋が熱い。闇の中に瞬く光の粒。暗闇の荒野に進むべき道を切り開く。彼には譲れない覚悟があった。そして、

「この、ジョルノ・ジョバァーナには夢がある」

その名を呼ぶ男の声が聞こえて、ジョルノは静かにカーテンを閉じた。夜ももう遅い。
引き返すつもりなど、もとよりどこにもなかった。


ジョルノ・ジョバァーナが、わずか15歳の若さでパッショーネのボスに君臨することになる、わずか七日前のことである。



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