100000!!番外if詰め合わせセット | ナノ

ベルヴォルペ・ユノーには自我がある。ユノーは二階堂要が時とともにその容姿をすっかり変えてしまっても変わることなく、彼女の側に寄り添ってきた。ユノー自身が姿を変えても、そのつもりであるのは変わらない。彼女はあの秋の夕暮れ、自身の血統というものに決着を付ける覚悟をした。それがユノーの姿を大きく変える要因となったことを、二階堂自身は知らないが、ユノーにはなんとなくそれが分かっている。そして『その時』が来つつある、ということも。二階堂がここ数年、ずっと焦った様な、つねに心を落ち着けることなくいた理由、死ぬ思いをするような鍛錬、そして日本への帰国と、花京院との再開。ユノーがこの新しい姿を手に入れてからというもの、ユノーや二階堂を取り巻く環境はまた、ぐるりと変わったように思う。そしてなにより、ユノーの本体たる二階堂要はひどく殺気立ち、そして以前の様な余裕を持つことがめっきりと減った。血気が盛んになり、猪突猛進さに拍車がかかったようにも思う。
ユノーはそれが好ましくない。それもこれも、この空条承太郎に出会ってからだ。

「テメエ…二階堂のスタンドか」

空条承太郎は水面に佇むユノーをしかと見つめた。首を覆う鱗のある三枚の"ひだ"は月光を受けてきらきらと反射し、白い体毛はつやつやと輝いている、美しい六尾の狐の姿をしたスタンドだ。静かに承太郎と睨み合う、敵意は感じないが、本体同様、何を考えているのかさっぱり分からない。
承太郎の背後からスタープラチナが姿を現して、ユノーに向かって手を伸ばした。すると狐はその鋭い歯を剥き出しにして、形だけの威嚇をする。スタープラチナは無表情にユノーを見据えた。ユノーの歯がガチガチと音を立てた。承太郎は近くに二階堂がいるのかと首を回したが、スタープラチナはそれを否定する。

「自我がある、とかいったな」

アヴドゥルが前にそんなようなことを言っていたように思う。花京院にじゃれついているのを見ることもしばしばあった。二階堂が花京院にじゃれつく、だなんてことは天地がひっくり返らない限りありえないという認識くらいはある。ポルナレフを便所に閉じ込めて笑っていたのを見たこともあるからには、おそらくそういう部類のスタンドなのだろう。自分が留置場に入っていた時だって、思えばスタープラチナが嗜好品や娯楽品を持ち込んでくれたから、スタンド自体に自我があることにはあまり違和感がない。

「何の用だ」

ベルヴォルペ・ユノーは答えない。ただ、ユノーはこの空条承太郎が大変気に入らないという有り体を見せつけることだけが目的だった。こいつは二階堂と出会ったばかりのジョセフのように、ひょうひょうとユノーの仕掛けたイタズラをかわして回るし、彼のその毅然とした態度がとても気に入らなかった。二階堂があのエメラルドグリーンの海の色を映した瞳が苦手であるのと同様にして、ユノーもどうにもこの男とそのスタンドを受け付けない。なによりこのスタープラチナ、もとより自我があったスタンドであろうに、今では承太郎の意図に背くような行動は一切とらない。それが花京院の心をそのまま移したようなハイエロファントグリーンよりも気に食わない理由でもあった。スタープラチナは強い。なんせ『主人公』格の人物のスタンドだ。力強いその瞳が、ユノーを打ち砕くことなど簡単だというように堂々と承太郎の守護神のようにユノーを見下ろすのがとてつもなく腹立たしかった。

「承太郎、と…ユノー?何をしてるんだ」
「別に」

ユノーはひょいと承太郎を飛び越えると、花京院の首に絡みつこうと両腕を伸ばした。その途中で尾で承太郎とスタープラチナをはたいてやろうと思ったが、スタープラチナに軽くあしらわれつつ、承太郎はスタンドを引っ込める。つくづく気に入らない奴だ、ユノーは目を細めて花京院の背中から承太郎に威嚇するような顔をしてみせた。

「睨み合ってるから、びっくりした」
「ずいぶんと懐いてるじゃねえか」
「ユノーは…そうだな、十年前から、ずっとこんな感じだよ」

二階堂要が、空条承太郎の物語に巻き込まれていること、ユノーはそれを知っている。ユノーは二階堂と記憶も何もかもを共有した存在であるから、花京院が死ぬことも知っている。花京院がユノーの頭を撫でる。心地よいそれがとても好きで、ユノーはやはり花京院が死ぬなんてことはあってはならないと、二階堂と意を同じくする理由でもあった。しかし二階堂の人生は、彼女が見据えねばならぬのは、空条承太郎の物語ではないことに、ユノーは既に気づいている。二階堂はそれを知らない。彼女が薄々感づいているように、この物語は、花京院の命は、そして二階堂自身の運命は、小手先だけでなんとかなるなんて問題ではない。ユノーは空条承太郎を見て考える。ユノーはあくまで、二階堂要に生き延びてほしい。ただそれだけだ。




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