100000!!番外if詰め合わせセット | ナノ


【※警告】この先は読んではならない

(…というくらいに、注意が必要な内容だった「ぞっとする話」の続きです。
死ネタ、グロ、殺人(殺す、殺される)、その他諸々地雷になりかねない描写。胸くそ悪くなるかもしれない。
上記の注意にピンときたらお戻りください。
本作品は「純然たる誠実」の主人公ではありますが、番外ともIFともつかないところにありますので読み飛ばしていただいてもけっこうな内容ですので、あくまで自己責任でよろしくお願いします)





「…首、どうかしたのか」

その声にふと我に返ったのか、花京院は二階堂を認識すると曖昧な笑顔を浮かべた。声をかけられるまで自分がずっと首に触れていたことにも気づかなかったのか、「いや、特になんともないよ」とってつけたような返事に、二階堂は生返事を返して花京院の眺めていた視線の先を見やる。特に珍しいものがあるわけでもない。花京院はすこし眉尻を下げて微笑んだ。別段考え事をしていたわけでもなく、視界の端にちらちらと映り込む白狐の尾もきちんと認識していた。しかしずいぶんとそうして窓の外をぼうっと眺めていたものだから、時間の感覚はあやふやになっていて、時計をみやると薄く目を見開く。日が沈みかけているのにすら、気づかなかったらしい。

「やましいことを考えてたわけじゃあ、なくってね」
「……だれもそんなこと疑っちゃあいない」

すこし冗談交じりに言ってみたつもりだったが、面白くもないと一蹴されてしまった。もうすぐ夕食の時間だ、と二階堂が言って、それを伝えにきてくれたのかと花京院は微笑んで礼を口にしたが、二階堂はどこか呆れたように花京院の笑顔を一瞥して言った。

「昔も今も、君は笑ってばっかりだ」
「そうかな、僕はそんなによく笑う方ではないと思うんだけど」
「知らない」

背を向けて歩き出した二階堂に、一つだけクスリと笑い声をこぼす。確かに、彼女の前でなら、笑っていることの方が多いというだろうという自覚もあったからだ。ずいぶん昔に、そうしていたほうがいいと言われたことがあったような、そんな気がする。彼女との約束は守っていることの方が多いから、それもその昔にした突拍子もない約束の一つだったのかもしれない。
鉄の扉を彼女のが押し開けようとしたところで、「開かないよ」かけた声に、二階堂の動きがすべからく停止した。まるで何かを確かめるように、ずいぶんゆっくりと振り返る。花京院は苦笑を浮かべたまま、肩をすくめて言った。

「その扉は内開きなんだ」
「そうだったか」

すっと視線を落とした二階堂は、そのまま扉を開くとさっさと先へ行ってしまった。

「……」

いつもなら待ってくれるのに、と、思わないこともない。
振り返った時に、彼女は花京院の目を見てはいなかった。
その瞳に浮かんでいたごく僅かな動揺を、見逃すわけなんてあっただろうか。
逃げるように早足の彼女を目で追いながら、花京院の口元には微笑が浮かぶ。
通算何度目のことだっただろう。
二桁になってから数えることはやめてしまった。
ふと、指先が喉仏のあたりに触れる。
首筋の違和感が愛おしい。

「たとえ夢の中だったって、僕は愛してくれなんて言わないけれど」

花京院はエレベーターを待つ二階堂の後姿を眺めながら、柔らかい微笑を浮かべて小さな独り言を呟く。

「君に殺されることほど、幸せなことはない」

二階堂は振り返らない。きっとその耳には届いていなかったのだろう。ユノーも彼女の影から上半身だけ姿を見せたまま、めずらしくおとなしくしていた。花京院は視界の端でキラリと光った法皇を一瞥してから、二階堂へと視線を返す。右耳で見覚えのある緑色が光を反射する。何と話題を提供したものかと思っているうちにエレベーターが到着して、開いた扉の先に偶然居合わせた承太郎と目があった。隣の二階堂の顔が歪んで、承太郎も不機嫌そうに帽子の鍔に触れる。この二人のわかりやすいことと言ったらない。

「なににやついてやがる」
「べつになんでもないさ」

花京院はわざとらしく肩をすくめてみせた。
閉じた扉は、じきに開くことだろう。



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