30000!! | ナノ

テレビゲームにしばらく熱中していた花京院は、一度大きく伸びをするとばきばきと肩を鳴らす。「ひどい音だな」二階堂は半ば呆れたように言った。夕陽が二人の部屋に差している。空条家の間取りが異常に広いせいで、二階堂の部屋は花京院がいてもまだまだスペースには余裕があった。ごろりと畳の上に置かれた座椅子から体勢を崩して、畳の上に寝転がった二階堂がぽつりと言った。

「アイス食べたい」
「買いにいこうか」
「んー」

クッションに頭を埋めて、曖昧な返事をする。花京院はくすりと笑って、もう一度画面に向き合った。「ここまでの旅をセーブしますか」クッションからくぐもった声が聞こえた。花京院は頬を緩めて返事を返す「はいはい」「はいは一回」どうやら起き上がったらしい。クリアな声だった。「はい」コントローラーをラックの上に戻して、花京院は振り返る。彼女は財布を探していた。

「どこやったっけ…あ、あった」
「ずいぶん年季の入った財布だよね」
「……昔、ジョジョが買ってくれたんだ」

革製のそれは所々擦りきれたようなところがあった。しかし大切に使っているのだ、とわかるような、どこか味のある艶があるそれを、二階堂は少し照れくさそうな顔で言う。照れくさそうとはいっても、いつもの無表情とはそんなに変わらないかもしれなかったが、花京院には少なくとも、彼女がそれを大事にしていることはようく分かる顔だった。

「……承太郎が?」
「いいや、違う、ジョセフ・ジョースターのほう」

わかっていて訊ねて、わかりきった答えが返ってきたのだけれど。どこか釈然としないような何とも言えない気分になって、花京院はついと目を離す。逸らした視線の先に移ったユノーににやりと笑われたような気がした。やはり、いい気分ではない。

「早く行こう、雪見大福がたべたいんだ」
「ああ、あの求肥にくるまれたやつね」

二階堂が差し出した手を取って、花京院は立ち上がる。窓から差し込んだ夕陽がやけに眩しく見えた。

「何か不都合でもあったのか?」
「え、何が?」
「気難しい顔をしてる」

そう言って、花京院の眉間を指差した。皺が寄っていたのだろうか。「ずっと前からそうなんだ、君は機嫌が悪いと、右眉を二回動かす癖がある」そうなのか。軽く手で押さえてみたが、自分ではわからなかった。

「君はわかりやすいな」

二階堂は小さく笑っていった。「そうかな」花京院は苦笑いして返す。自分は親から理解できないと言われて育ってきたし、「何を考えてるのかわからない」と言われるのが常道だった。「わかりやすい」だなんて言われた試しはなかった。それに、分かってもらおうと思ったこともない。けれど二階堂かて、別に自分のことを特別分かろうと思っているわけでもないだろう。彼女はそういう人間だ。

「少なくとも、君の気分がわかる癖を、いくつか私は知ってる。……教えないけどね」

二階堂の何気ない言葉は、どこかじんわりと暖かみを持って花京院の心を包み込む。花京院は眉尻を下げて笑った。

「僕は要のそういうところが好きだなあ」

口をついて出た言葉に、二階堂はきょとんとしていた。大方、何を言われたのか理解していないときの顔だった。ちなみにこういう彼女の顔は、とてもレアであると言っても過言ではない。

「…は?」

数拍遅れて、素っ頓狂なうわずった声が聞こえた。花京院は目を細めて笑う。

「さて、雪見大福買いに行こうか」
「……やっぱりハーゲンダッツの、抹茶がいい」

ちゃっかり繋いだ手をそのままに廊下に足を踏み出した所で、承太郎が遠く庭の橋を渡ってくるのが見えて、二階堂は慌てて手を振り払った。その少し膨れた頬をユノーに叩き潰されて、不機嫌になったのか恥ずかしかったのか、それからしばらく花京院は目を合わせてもらえなかった。



もみじ様 かつてなく甘い話になってしまいまして少々戸惑っておりますが、リクエストに沿えていたでしょうか。こちらの都合で番外からIFに変えてしまったので、その分好き勝手動かした結果がこれだよ…(震え声) リクエストありがとうございました!


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