日が暮れて、頭の包帯がまだ取れなかった花京院はぐるぐると巡る思考に一度終止符を打ち、一日中臥していた床から起き上がった。午後はずきずきと痛んだ傷もだいぶましになった頃だろうか。額を抑えながら、立ち上がる。ほとんど一日中床に伏していたというのに、腹は減っているらしい。ぐうと情けない音が鳴って、だれも聞いていないだろうに彼は少し恥ずかしそうに眉間に皺を寄せた。 襖を叩く音がして、見上げれば白い狐がするりと襖を開いた所であった。花京院は少し驚いたような顔をしてベルヴォルペ・ユノーを見つめる。ユノーは花京院と目が合ってにこりと笑った。あの狐がこんなに穏やかな表情をするものかと花京院は一瞬目を疑ったが、狐は花京院のそんな心境を知ってか知らでか、彼の手を引いて歩き出す。 「要は怒ってはいないのか?」 ユノーに訊ねるなんて、それが正しい方法なのかはわからなかったけれど。彼は今朝浴びせられた彼女の辛辣なセリフを少し気にしている節があった。しかしユノーは何を言ってるんだ?というような視線を花京院に送る。ユノーからしてみれば、二階堂が花京院に怒る理由なんてどこにもないだろう、そういう意図の籠った視線だった。その様子に花京院は少し苦笑いを浮かべて、狐の背中についていくことにした。 どうやらホリィの容態は一向に回復する気配を見せず、ジョセフと二階堂はつきっきりで彼女の看病にあたっていたらしい。 「ちょうど夕飯が出来たから、運んでくれる人手を探してもらっていたんだ。…傷はもういいのか」 「だいぶ痛みは引いたかな。みなさんは…?」 「ジジイはホリィさんにつきっきり、アブドゥルは財団に呼び出されて外へ出ていたのが、ついさっき帰ってきた。釜をもってってもらってる」 承太郎は結局学校に行くこともせず、かといって手伝うこともせず、ホリィの部屋の片隅にずっと腰掛けて何かを考えているようだった、と二階堂は花京院に言った。彼もきっと思う所がたくさんあるのだろう。二階堂が花京院に大皿を手渡す。香ばしい匂いが花京院の鼻をくすぐった。 「あるもので作れたのが、これくらいだったんだ」 油淋鶏と、麻婆豆腐。それから、ホリィさんの漬けた漬け物。オーソドックスな中華風家庭料理だった。 「美味しそうだ」 見たままの感想を述べた花京院に、二階堂は黙ったままそっぽを向く。照れているのだろうか。と、花京院が少し微笑ましく思ったその時だった。 「おい要!中華とはきいとらんぞ!!わしはイタリアンが食べたかった…」 夕飯が出来た、という合図にようやくホリィのもとを離れてきたジョセフが、二人の手元の大皿を確認するなり、開口一番そう言った。 「あんだとジジイ」 二階堂が無表情ながらに、機嫌を一気に降下させたのは隣にいる花京院ですら一目でわかった。イタリアンがよかった、いじける様子がなんとも二階堂の癪に障る。アブドゥルの待っていた食卓についた後も、釜の中の炊きたての白米を茶碗に盛りながら、ジョセフは悪びれもない様子で言った。 「わしはイタリアンな気分だったといったんじゃ…油淋鶏はちょうど一昨日食べたばっかりじゃわい」 「嘘付けジジイ、アンタの一昨日の夕食はビーフストロガノフだったはずだ」 「何故知っておる」 「アブドゥルさんが言ってた」 「まあまあ、メニューなんてなんでもいいじゃないですか、せっかく美味しそうな料理を、要が作ってくれたことですし」 アブドゥルがどうどうとなだめるようにして二人を席に着けたその時、ユノーが半ば引きずるようにして承太郎を連れてきた。彼はどすりと畳の上に腰を下ろすと、用意された料理をパクリとつまみ食いしてぽつりと呟く。 「いつもの味と違うな……箸をつける気にはなれねえぜ」 その瞬間。アブドゥルと花京院は、首筋にひやりとナイフを宛てられたかのような殺気を感じた。その主は言わずもがな二階堂である。「あんだとテメェ」「二度言う必要はねえぜ」食卓を挟んで凄みはじめた二人にちょうど挟まれる位置に座っていた花京院は顔を青くする。そんな二人の視線の攻防は軽くスルーして、ジョセフは手をあわせた。花京院とアブドゥルもそれに倣う。 「仕方ない、食べるとするか」 「仕方ないなら食うな」 二階堂は苦い顔をしてジョセフを見つめる。べつに油淋鶏焦がしたわけでも麻婆豆腐だってインスタントじゃあないというのになんだこの仕打ちは。わざわざボランティア精神で作ってやったというのになぜこんな思いをしているんだ。二階堂の心境は至って正論であったが、ジョセフは未だにどこか不服そうで、そして承太郎は一向に箸をつける気配を見せない。彼はホリィ特製のつけものだけをおかずに黙々と箸をすすめていた。 花京院は鶏モモ肉の唐揚げを一切れ口に含んでみる。さくさくと香ばしい皮に程よい酸味で、香味ダレが良く効いている。見かけ通り、ずいぶんと二階堂の料理の腕は上等であると思った。 (美味しいのになあ) 美味しく食べないなんて、勿体ない。二人は言葉を交わしたわけではなかったが、アブドゥルも花京院とは同意見であった。彼の左側の席で、二階堂は掻き込むようにして自分の分をたいらげると、ハムスターのように頬を膨らませ咀嚼しながらさっさと席を立ってどこかへ行ってしまった。 yellow様 いつも訪問ありがとうございます!小姑ジョジョの奇妙な食事風景ということでしたが、だいぶ殺伐とした風景になってしまいました…!すみません…ジョジョがいけないんです…こればっかりは…!リクエストありがとうございました! ▼ ×
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