30000!! | ナノ

「でね、いっつもダディってばケチなのよ。わたしの言うことに、みーんなダメだって言うの」

この間だって、ペットショップで見かけたうさぎさんが欲しいって言ったのに、「面倒を見切れないだろうからだめだ」って。徐倫はストローの端を噛みながら言う。パックの中身はもう空になってしまったのだろう、ずず、っと乾いた音が鳴った。ぺこり、と音を起ててパックが膨れる。

「わがまま言っちゃだめなんだって」

ふてくされたように頬も膨らませて、徐倫は少し離れたベンチで談笑している大人三人を見やった。初流乃は「そうなんだ…」相づちを打ちながら、シロツメクサをまた一本詰む。蕾だった花が、ふわりとこぼれるようにして咲いた。これは、スタンド能力、というらしい。(初流乃が要や典明と出会った時には、すでに二人のそれは見えていた。要の周りで好き勝手する人の手を持った白い狐をはじめて指摘した時の二人の顔を、初流乃は未だに覚えている。)『黄金体験(ゴールドエクスペリエンス)』。初めて初流乃が二人の前で自分の能力を披露した時に要は彼の能力をそう呼んだ。しかし二人とは違って、初流乃は今まで、要や典明のような、自分のスタンドの像といったものは見たことがなかった。「この能力は人に言ってはいけないよ。私たちだけの秘密だ」要がそう言ったから、初流乃はいままで人にこの能力を話したことはない。目の前にいる徐倫も、例外ではなかった。彼女は今まで要のユノーに突っ込んだことがなかったから、きっと、見えていないのだろう。

「わたしのダディがカキョーインだったらよかったのに。カキョーインはいつもやさしいんでしょう?」
「パードレはマードレにはやさしいよ」
「オンナゴコロがよくわかってるんだって」
「……僕のマードレには女心のカケラもないと思うけど」

徐倫は「でもね、ママがそういってたもん」と付け足しながら初流乃の手元で徐々に形をなしつつある花冠に触れて言った。彼女の手元では、そうそうに諦められてしまった、ところどころ折れ曲がったシロツメクサたちがへばっていた。初流乃は苦笑いして言う。

「それじゃ承太郎さんが可哀想ですよ」
「かわいそうじゃないもん、休みの日も、いっつもお部屋にこもって、お仕事ばっかりしてるもん」
「ぼくのマードレもパードレも、いつも仕事で忙しそうだけど…」

帰ってくるのが遅くなる日もあるんだ。二人とも疲れて帰ってくることも多いし、日によってはどちらかが帰って来れない日もある。要は最近イタリアのある大学で非常勤の講師をはじめたというのもあって、非常に多忙だった。それに、二人とも帰りが遅くなる日には、電話がかかってくるまで、ひょっとして捨てられたんじゃないか、とか、ありもしないことを考えてとてつもなく寂しくなることもある。そういう夜に、時計の針を見つめているのは嫌いだった。
そういう意味では、家に帰ったらかならず迎えてくれるという徐倫の母がうらやましい、かも、しれない。けれど要に主婦をしろというのは無駄だと思うし、仕方の無いことなのだと思う。

「要やカキョーインが来る日だけよ。こうして私も連れて、どこかへお出かけなんて」
「……それじゃあ、徐倫はウチの子になりたいんですか?」

うー、徐倫はおかしなうめき声を上げて、手元のシロツメクサを握りしめる。耐えられなかったのか、何本かがプチプチと音を起てた。

「それってとってもいいな、って思うけど、それじゃ、ママが可哀想」

そう言ったかと思うと、「これも入れて」黄色い小さな花を差し出した。花冠が完成する。「徐倫にあげます」頭にかぶせられたそれに、「まるでお姫様ね!」徐倫の機嫌は元通りになったようだった。

「初流乃、徐倫。お腹はすいてないかい?」

かかった声に、二人が顔を上げる。典明がこちらに歩いてくるところだった。

「そろそろお昼を食べにいこうって話になったんだ。要が駐車場まで車を出しに行ってる。……それ、かわいいね、徐倫」

初流乃にもらった冠に触って、徐倫は嬉しそうに顔を赤くして俯いた。

「パードレ、ぼくプリンアラモードが食べたい」
「要がいいって言ったらね」

差し出された手を握って初流乃が立ち上がる。にこにこと初流乃を抱き上げる典明を見て、やっぱりうらやましいと思った。そんな二人に視線を送る徐倫に、影が差す。彼女の父親だった。

「徐倫」

その手をとって、徐倫は少し頬を膨らませる。しかしどうして彼女が不機嫌なのか、承太郎にはわからないようだった。公園の外でクラクションが鳴って、要が窓から顔を出す。「ほんと、人使いが荒いよな君たちは!」さらさらと流れる金髪に、大きめのサングラス。厚めの唇が"セクシー"で、まるでハリウッドスターみたいだと徐倫は思った。徐倫の頭の花冠に気づいて「お姫様みたいだな」要の口元がすこし柔らかくなる。

「それじゃあお姫様、何食べたい?」
「ミートソース・スパゲティ!」

元気よく返事をした徐倫に、「よろしい」要は頭を撫でながら言った。「マードレ、ぼくはプリンがいい」「デザートにな」要がアクセルを踏む。少し急発進気味だったから、典明がそれを咎めた。少し体勢を崩した徐倫の体を、承太郎の大きな手が支えた。

「……べつにダディが嫌いってわけじゃないのよ。でもね、ダディーは『オンナゴコロ』をわかってないわ」
「?」

なんの話をしていたんだ、承太郎は少し怪訝そうな顔をする。初流乃が典明にそっと耳打ちして、彼は小さく吹き出した。


蓮實様 花京院親子と空条親子でほのぼの、というリクエストでしたが子供達が出張ってしまいました。空条親子はアメリカ西部に住んでるんだろうか勝手にそういうイメージだったけどやっぱり東部かもしれない。リクエストありがとうございました!


×