30000!! | ナノ

(来てしまった…)

花京院はひとり小さく、しかし重い息をついた。片手には来る途中に通った駅前のデパートの地下食品売り場で購入してきた少し高めのプリンが四つ、もう一方の手は若干震えつつ、インターホンの前を行ったり来たりしていた。

「すみません、うちに何か?」

澄んだよく通るその声に、花京院の肩が一度だけびくりと震えた。自分でも相当挙動不審だと思う。ゴホンと咳払いをして気を落ち着かせ、振り返る。そこに立っていたのはくるりと三つに巻いた前髪が特徴的な金髪の少年だった。

「君は…要の弟の、初流乃くん…いや、ジョルノくんと呼ぶべきなのかな?」
「そういうあなたは、花京院典明さん」

初流乃は頭の先から足の先までじっくり花京院を観察するように眺めて、それから要によく似た無表情で「話は聞いてます。上がってください」と言った。

「朝から要も挙動不審でしたから」
「そうだったんだ…ああ、これを、お土産に」

差し出したプリンの入った紙袋をいそいそと受け取って、ジョルノは嬉しそうに受け取った。嬉しいと無表情から微妙に頬を綻ばせるところは、要と同じだ。仲のいい姉弟なのかもしれない。
玄関先でジョルノが言った。

「要、花京院さんが来ましたよ!」

間もなくパタパタとスリッパで走る音が聞こえて、エプロン姿の要が玄関に姿を見せた。「えっ、あ、ほんとだ、いらっしゃい。インターホンが鳴らなかったから分からなかった」片手には鍋つかみが嵌ったままである。ジョルノが靴を脱ぎながら言った。

「押そうか押さまいかで迷っていたようでしたので声をかけました」
「花京院はウチの父さんにトラウマがあるんだ、でも今はまだ寝てる時間だから」
「ろくでもないパードレですみません……要、プリンをいただいたんです。駅前の、いつも少し並んでるところの!」
「よかったな、冷蔵庫に入れときなさい」

ありがとう、礼を言われて曖昧に笑った花京院に、要はとりあえず上がって、と花京院を急かした。少し長めの廊下を抜けて、だだっ広いリビングに通された。長ソファに座るように勧められる。「今ちょうど、昼食をつくってたところだったんだ、もう少しかかりそうだから」要がキッチンを振り返ると、ちょうどオーブンの音が鳴った。

「ゲームでもやっててくれ。F-MEGAの新しいやつもあるし、ピンクダークの少年オールスターバトルもある」
「いや、今はいいよ。一人でやるより、後から一緒にやろう。それより、何か手伝えることはないか?」
「じゃあ…鍋にパスタ用のお湯を張ってほしい、そこの棚の上にあるやつで」
「要、冷蔵庫にプリンが入らないんですが…チェリータルト、出していいですか?」
「……箱から出しても入らないのか」
「出しても、です。三つは入るんですけど」
「なら今一個食べてもいいんじゃない。父さんの分がなくなるけど」

オーブンからキッシュを取り出してそういった要にジョルノは頷いて、さっそくいそいそと蓋を外しにかかった。と、その時。

「おい要、初流乃。花京院がなぜここにいる」

居るはずのない男のその声に、姉弟の動きがピタリと止まる。バッと振り返ると、ガッチリ首元をホールドされた花京院が顔を青くしていた。その頸動脈に爪が突き立てられている。やられた、要はDIOの後ろに浮かんでいるザ・ワールドを睨みつけながら思った。しかし要が対策をしていなかったわけではない。とっさにベルヴォルペ・ユノーを発動させ、花京院を取り返す。DIOの鼻先を掠めて、爪先すれすれに要のナイフであるアメリカ・ボーイが突き刺さった。それ以上前に来るなという意味の牽制である。床に穴を開けたことに、ジョルノだけが小さくため息をついた。

「今日はやけに早起きじゃないか、いつも寝てる時間だろ」

要の赤い瞳が凄みを帯びる。目が吊り上がって、ひんやりとした冷気を纏っているかのような、絶対零度の怒声だった。DIOはフンと鼻で笑った。

「腹が減って下に降りてみれば、キッチンに見慣れない男がいたものでな」
「無駄なことはやめろ、おかげで床に穴があいたじゃないか」
「うまそうなパスタじゃないか、どれ味見…「それはパスタじゃない花京院の首だ」

DIOの腕を(凄まじい勢いで叩き落とすようにして)払いのけて、要は花京院の前にずいと立ちふさがる。二人の殺気の応酬にあてられた花京院は半ば涙目だった。二人を直視できない。そんな二人のやりとりにはすっかり慣れきっているジョルノはプリンを口に運びながら、コンロを振り返る。

「要、パスタ鍋がふきこぼれそうです。…あと花京院さんが吐きそう」
「花京院、トイレはあっち。大丈夫だったら三枚皿出して」
「おい父の分」
「作ってるわけがないだろう」

要がDIOを冷たく一瞥した。まるでゾンビの体に沸いたウジ虫でも見るかのような目つきだったと、後にDIOはテレンスに語る。




天子様 ご期待に添えていたでしょうか…!無駄親子に花京院を交えての日常ということでしたが、花京院がだいぶ肩の狭いことに…そして安定のDIO様への扱いである( リクエストありがとうございました!


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