30000!! | ナノ

ともだち、の四文字を、すこしぼうっとしながら眺めていた。そこには図画工作の時間に描かれた絵が掲示されていて、教室前の廊下を彩っていた。保護者の授業参観も近いせいだろう、教師陣の装飾にも気合いが入っているらしい。「おともだちの似顔絵を描いてみましょう」クラスで適当に組まされた2人組、お互いに絵を描きあうだなんてとんでもなく面倒極まりないものだったと二階堂は思い出す。たいていの生徒はジャガイモなんだか肌色のせんべいなんだか分からない楕円に黒で点と線が生えたような出来で、そこにピンクの装飾がついたり、赤や青で洋服、時折手のようなものがクレヨンのようなものを持っていたりする。お情け程度には似顔絵と呼べる程度のものだろうか。二階堂はおそらく自分を描かれたものであろう、のっぺらぼうを眺めながら浅いため息をついた。ペアを組まされたこの生徒はひどく気の毒だと思う。そう言う意味では、どうやら今回彼女は『加減』を間違えた、らしい。周りのクラスメイトなどよりもずいぶん上等な出来になっていて、そもそも七歳児には綺麗な直線や曲線を描くことが困難であったのだということを忘れていた、と提出してから反省したものである。そんな二階堂要の名が貼ってある絵の前で、花京院が立ち止まっている。驚いたようななんともいえない表情を浮かべる彼に、二階堂は首を傾げた。

「要、絵も上手なんだね」
「そんなことはない。花京院のほうがずっと上等だろ」

二階堂はなんでもないように本心を口にした。確かに花京院のそれは、他の七歳児が描くものよりもずっと上等で、きっと家に画集が詰まった本棚もあるせいだろう。彼は芸術に関して目が肥えているし、そういう才能もあるようだったし、何度か二階堂の前で絵を描いてみせたこともあって、二階堂が感心するくらいの出来であったことは憶えていた。

「これ、誰?」
「忘れた。席替えの前に隣の席だった、かな」

そっけない返答に、花京院は眉尻を下げてふうん、と少し納得のいかないような顔をしてみせて。二階堂は彼の背後にきらりと光る緑色を見た様な気がした。

「要はそいつと友達なの?」
「いいや」

二階堂は否定の言葉を口にする。それが事実だからだ。花京院は小さく納得したように相槌をうって、「要にはぼくがちょうどいいんだ」と呟く。自分に言い聞かせているのか、ひどく小さい声だったが、それでも二階堂はピクリと眉間に皺を寄せた。

「ちょうどいい?どういう意味だ?」
「なんでもないよ」
「花京院」
「ぼくときみは友達なんだろ?」

花京院はさも当然のことを訊く様な口ぶりで二階堂の顔を除き込む。二階堂はため息を堪えて、ぐっと寄った眉間の皺を人差し指で解しながら答えた。

「君が何を言いたいのかよくわからないけれど、そういうのはやめたほうがいい」
「どういうこと?」
「私と君は友達だけれど、『友達』ってのは『唯一無二』のただ一人じゃなきゃいけないってわけじゃあない」
「でも、ぼくにはわからない」
「何が」
「要のユノーやぼくのこれが見えなくて、どうして友達になんてなれるっていうんだ。僕たちは分かりあうことができても、見えない子には、ぼくは『嘘』をつかなくちゃあならない。ほんとうを喋れないのに、どうして要はいつだって、自分には無理でもぼくには友達が出来るっていうの」

今度は二階堂が閉口する番だった。

「……花京院はそのきらきら光る緑色を、だれかに見せようとしたことがあったのか」
「……君以外、誰にも見えなかった」

だろうな。二階堂は微妙な顔で頷く。奇しくも、自分は花京院に選ばれてしまったのだ、という事実をあらためて思い知った。彼の固い決意ともとれる友達の定義を否定出来ないような、歯がゆいような気分になる。やがて昇降口に向かって、どちらともなく歩み始めた。雨も降っていないというのに嫌に湿った空気になったもんだと思いながら二階堂はどことなくやるせない気分になって、視線が足元に及ぶ。

「二階堂は嘘は嫌いだろ?」
「ああ、嫌いだ」

この、嘘を付かずには生きられない世界も、好きになれそうにはないと思いながら、花京院に手を差し伸べられる。握った掌は、ひどくつめたかった。



しとら火様 大変長らくお待たせいたしましたァ―――ッ!!幼少期の花京院の無意識嫉妬というリクエストでしたが、ずいぶんしめっぽい話になってしまいました。彼らは他人をつっぱねるくせに寂しがりな一面があると思います。そうして依存していくのがベネ( リクエストありがとうございました!


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