30000!! | ナノ

二階堂は口内に広がる不快な鉄の味を唾液とともに吐き出す。こうもしこたま強く殴られたのは久しぶりだと思いながら、目の前で薄く微笑む珍妙な格好をした男を見据えた。淡い色の髪に奇抜なペイント、ピエロの様な服装。コスプレか、と思うほどに妙な存在だった。鈍く光を反射する鈍色のナイフの宛てられた喉、その奥を鳴らして嗤う、その笑い声にも違和感しか感じない。二階堂はいつもの、能面のような無表情のまま、黙ってその男が口を開くのを待った。

「ゾクゾクするね◇」
「……」
「だんまりなんて、つまらないじゃないか◆」
「……生憎だが、私には変質者に付き合っている余裕がない。私は、『少し変わった髪型の、学生服の男を見なかったか』と訊ねただけだ。知らないのなら、これ以上用はない」
「つれないなあ☆」

妙な男に目をつけられたものだと頭を抱えたくなった。二階堂がこの男に出会ってからほんの数分しか経っていなかったが、文字通り、痛いほど察していた。彼は二階堂の肩に触れたかと思うと、いくつかYES/NOで答えられるような簡単な質問をした。何が起きているのか把握も出来ず、右も左もわからずにいた二階堂は静かに男に流し目をくれた、ただそれだけだった。実際のところ、質問の内容も、意味がわかりかねたということもある。「少し変わった髪型の、学生服の男を知らないか」二階堂はぽつりと落とすように呟いた。何度か瞬きをして、ぽかんとした表情を浮かべたこのピエロが何も答えない所をみると、どうやら無駄であったらしい。そう判断して、静かに男から背を向けた。余計なことをしてくれるな、関わってくれるなという彼女の最大の意思表示であったが、この男には逆効果であったようで。次の瞬間、二階堂は不意打ちと言わんばかりに右頬に右ストレートをくらっていたのである。
何が一体どういう仕組みで自分が右頬に右ストレートをくらうことになったのか、彼女は全く見当がつかなかった。しかし「なんだ、ハズレか◆」その一言に、二階堂の瞳が僅かながらに冷気を帯びる。売られた喧嘩は買う性分ではなかったのだが、どういうわけかひどく苛立たせられた。全く、自分が殴られねばならない理由が見えなかったからかもしれない。
そして、次の瞬間。二階堂の袖から飛び出したダガーが、コンマ一秒の速さで男の瞳に到達しようとしていた。ダガーを素手で掴んでそれを阻んだ男は、愉快そうに唇を歪める。つぶさに間合いを取った二階堂に対して、男は懐から取り出したトランプを軽快にシャッフルしてみせる。眉間に皺を寄せるうちに、そのうちの幾枚かが二階堂の心臓に向かって放たれる。バックステップで避けるには足りない、とっさにユノーを発動させ、歩道橋の上に向かって投擲したナイフと自身を入れ替える。しかしその判断は誤りだったとすぐに自覚することとなる。自身の体が奇妙に"引き寄せられる"、その現象に二階堂は静かに目を剥いた。

「新手のスタンド使いか…ッ」

自身に向かって飛んでくるトランプのカード、当たったらどうなるかということは嫌でも察せられて、ユノーを駆使して徐々に距離を縮めることにする。一枚だけトランプを掴み取ってみれば、グローブがいとも簡単に切り裂かれた。その鋭さが半ば信じられなかったが、間合いさえ詰めればこちらのものである。両手に構えるのはアメリカ・ボウイ、マチェットではいささか大振りすぎる上に、手加減をする気なぞ既に二階堂には微塵もなかった。殺す気でいかねば、殺されるだろうというのがありありとわかるような明確な殺気であった。

「うん、そうこなくっちゃ☆」

突き上げられたナイフを軽く避けながら男が舌をなめずり、笑顔を浮かべる。避けられたことに関して、二階堂はなんの反応をみせることもせずに足を振り上げるとサマーソルトキックを繰り出した。左足首を掴まれることによってソレを妨げられるが、捻り上げられるのと同じタイミングで柔軟に身をよじると強烈な回し蹴りを男の脇腹に叩き込んだ。それは予想外のことだったのか、男が薄く目を見開く。二階堂の二撃、三撃も男の顔面に叩き込まれ、仰向けに倒れた彼が最後に首元にナイフを突きつけられたところでようやく、男は肉弾戦ほど彼女が得意とするものはないのだろうという事実を推し量った。
そうして、冒頭の会話に戻るわけである。

「どうして殺さないんだい?」
「……殺す気は必要だったが、殺す必要はなかっただろう。それに…」
「それに?」
「私には情報が必要だ。ここの、『裏側』にも精通している人間に訊ねた方が早い」

二階堂はナイフを下げる。途端に飛んできたトランプをかるく首を傾げて避けると、半ば見下すような目を剥けて鼻で笑ってみせた。

「それに、アンタは私が本気で君のことを殺そうとしてないって状態で、私のことを殺すつもりはないんだろう」
「そういうコトにしておこうか◆」
「で、アンタの名前はなんていうんだ」
「ヒソカ、って言えば、だいたいのハンターなら知ってると思うんだけど◇キミはどうにもそういう雰囲気じゃあないね☆」
「そんなことはしったこっちゃないさ、私は友人を探している。ソレ以外のことはどうだっていい」

摩天楼のようなビルに細切れにされた夜空を見上げて、二階堂は何かを探すかのように、目を細める。電飾とネオンに掻き消されて、星はひとつも見つからなかった。



匿名様 誠実と他ジャンルとのコラボ、というリクエストでしたので、ハンターの世界にトリップしてもらいました。いきなりヒソカと戦闘ぶちかましてましたが、楽しんでいただけたでしょうか?これから彼女はきっとヒソカとときどき殺しあいながら花京院を探す旅に出るんだと思います。リクエストありがとうございました!
※トランプのマークが文字化けするようでしたので、似非記号に置き換えさせていただきました…似非ヒソカっぷりに磨きがかかってしまって申し訳ありません



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