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「付き合ってくれ」

縁側でぼうっと考え事をしていたところに、声を掛けられた花京院は一瞬戸惑いの色を顔にありありと見せては、「忙しいなら、いい」二階堂がそう言ったところでようやく自分が意味を取り違えかけたことに気づいた。

「いや、いいよ。どこかへ行くのかい?」
「買い出しだ。ホリィさんが倒れていちゃあ、今日もだれも飯なんか作らないだろう」

不機嫌そうな無表情はそのまま、二階堂花京院が靴を履くのを見計らって、背を向ける。「荷物持ちなんて、必要かい?」「君が暇そうだったから声を掛けただけだ」早足気味で歩く二階堂について、花京院は薄く微笑む。振り返った二階堂はすこし、罰の悪そうな顔をしてみせた。

「傷はもういいのか」
「おかげさまでね。明日には、包帯も取れるだろう」

額のあたりを触れた花京院に、二階堂はちいさく「そうか」とだけ呟いて、自分にすり寄ってきたスタンドを撫でる。ユノーもずいぶん大人しくなったものだと花京院は少々目を見張った。石畳の階段を折りて、街の雑踏を行く。自分の歩き慣れない町並みであるというのに、妙に居心地がいいような気がした。
近所のスーパーマーケットは人でにぎわっていて、高校の制服姿、それも片方が中途半端に金髪な外人顔であることもあり、二人は自然と人目をひいた。彼女はこれを一身に受けるのが嫌だったのだろうと花京院は自然と察する。花京院の両手にカゴを持たせると、昨日と今朝にあらかた使ってしまったせいで冷蔵庫の中が空だったのを、すっかり忘れていたのだと二階堂は弁明のするかのように言った。既に何を作るのかは二階堂の頭で決定しているらしく、彼女は花京院の持つプラスチック製のカゴの中に次々に食材を放り込んでいく。片方はすぐいっぱいになってしまって、もう片方も半分ほど埋まっただろうか、最後にジジイに頼まれたとかなんとかいいながらビールをカゴに放ろうとしたのを「いや僕たち未成年だから買えないだろう」と突っ込んだ以外ではとくに何の会話をするでも無く、油やらなにやら、重いものが多いせいか、花京院の腕にも重いと思う量の買い物になった。
ビニール袋は三つ分、確かに一人では困る量だと花京院はひとり頷きながら二階堂から二つを預かった。

「さすがに女の子に二つ持たせるなんてことはしないよ」
「そういうものか」
「そういうものさ」

二階堂は少し怪訝そうな顔をしていたが、しぶしぶ野菜の詰まった袋を差し出す。花京院がこころよく受け取ったので、気にするほどのものでもないと考えたのか、また二人の間には沈黙が訪れた。
スーパーマーケットを出た頃には既に陽は沈みかけていた。秋の陽はつるべ落としの如しとはよくいったもので、橙に染まったせいか、狐はいつもよりもいくぶんか狐らしい。

「しっくりくるな」

そう突然二階堂が呟いたものだから、花京院はそれまで俯き気味だった顔を二階堂のほうに持ち上げる。彼女はビニール袋を片手に、道の端でうずくまる猫を眺めていた。全くの無表情だったため、何に対しての「しっくり」なのかがわからなくて、花京院は猫とその道端というシチュエーションなのかと仮定して、眉をひそめる。別段珍しい光景でもなかったからだった。コメントに困っていると、彼女の影から姿を現したユノーが花京院の首元にぐるりと尾を巻き付ける。かつてのそれとは大違いの、柔らかなそれは夕陽をうけて橙に染まっていた。額に埋まった宝石が、きらきらと光を反射する。いつの間にか二階堂がこちらを向いていて、その瞳と宝石の色が似ていると思った。彼女の瞳も、宝石とおなじように、きらきらと光を反射している。眩しそうだとおもいながら、花京院は合ってしまった視線をどうすることもできずにただ緩く微笑む。二階堂もつられて、少し微笑んだ様な気がした。

「君が隣にいるのが、酷く新鮮で、それなのに自然な気がするんだ」
「しっくりくるってのは、そういうことだったのか」
「そう」
「ずっとそれを考えていたのかい?」
「だって考えてもみろよ、私たちが一緒だったのは、たったの数ヶ月かそこらだったってのに」

どうしてこう、君が隣にいるだけで、息をするのが楽なんだろうか。

「さあね」

花京院は、十年も前と幾分も変わらない、柔らかい微笑みを浮かべる。
そう、自分が欲しかったのは、確かに、息をするのに心地よいこの空気だった。


ジロー様 長らくお待たせいたしまして申し訳ありませんでした…!花京院で日常話ということでしたので、出発前夜の夕食を作る前のギリギリ日常であった場面に時間をバイツァ・ダストさせていただきました!二人の距離感がここから縮まるのかといえばいまだにそうでもないあたり朽碌はそろそろまじめに空気弾をくらうべきですね_(:3」∠)_ リクエストありがとうございました!



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