ひどく冷たい雨が降っていた。折り畳み傘でもって帰路を急ぐ承太郎の肩はじんわりと濡れ、コートとその下のシャツがべったりと肌にまとわりつく。自然に対して不機嫌になるというのも心底おかしな話だが、早いうちに帰宅してさっさと熱いシャワーを浴びたい。 それから、自宅、というのとはまた、少々勝手が異なる。彼がたどり着いたのは彼の祖父が所有している不動産の一つであるアパートメントで、地下鉄の駅からも数分、利便性が高いことはもちろん、最新のセキュリティ、管理人の態度も申し分ない。どうせ帰っても一人だ、というのが、自分がかつて学生だった頃を彷彿とさせる。ボストンの大学に留学していた頃、あの時よりは、自分は少しはましな人間になっただろうかと頭をよぎった疑念を掻き消して、畳んだ傘を立てかけ、鍵を差し込む。 が、そこに違和感を感じた。 鍵が、空いている。 果たして自分は今朝鍵をかけ忘れるような失態をおかしただろうか、と思ったのも一瞬のこと。扉を開いて、軽く身構える、も、それは無駄だった。キチンと揃えられた靴が広い玄関に二足。これを強盗や泥棒とするにしてはずいぶんとお粗末すぎる。リビングでくつろいでいるであろう"泥棒もどき"たちに向けてか自分に向けてか、「やれやれだ」いつもの口癖が口から溢れた。どのみち自分はドアを開けてしまったのだ。もう逃げ場はない。 「やあおかえり承太郎、外で待つのは寒かったから、中に入れさせてもらったよ」 「ずいぶんいいエスプレッソマシーンを使ってるじゃないか」 「家主不在でよくもそうくつろげたもんだな」 「記憶が正しければ、ここは私の義父の所有になっているから問題ない」 「花京院、二階堂…どうやって」 「僕たちにはスタンド能力ってやつがありましてね?」 「プライバシーって言葉知ってるか」 「君は黙って濡れ鼠の皮でも脱いでそこに座ればいい」 「二階堂テメエ…」 「いい大人がぎゃんぎゃん喚くなよ、そこに座れっつってんだ」 半ばふんぞり返ったような姿勢で二階堂は承太郎を見上げた。赤い目が細められる、まるで吸血鬼のような殺気を身にまとっているものだから、彼女がたいそう立腹であることは窺い知れた。帽子を被りなおして、コートをラックに掛ける。差し出されたコーヒーを手に取って、ソファに深く腰掛けた。 「さて承太郎、今日、どうして僕たちが調査をほっぽり出してここまでやってきたか、さすがに見当はついているだろうね?」 「……」 「なぜだか、教えてもらおうか」 「さあな」 「そんなこともわからないのか。それならパリ近郊からNYまで、かれこれ十数時間のフライト代、ビジネスクラスは君の奢りだ」 「おい」 「ファーストクラスじゃあないだけましだろ」 「そういう問題じゃねえ」 二階堂は空になったカップを持って立ち上がる。「しらばっくれるんじゃあない、君はまったくもって、現在進行形でやらかしてるわけだなんだから」彼女が座っていたところに花京院が座り込む。対面するかたちになってはじめて気づいた、この男、目が笑っていない。 「君の気持ちはわからんでもないさ、愛する人たちを大切にしたいって、その気持ち。わからんでもないんだけれどね?徐倫のこと、大事なんだろ?」 「……」 「それにしたって、やりかたがあるってもんだ」 「テメーには全くもって言葉が足りないでいると、あれほど言っただろう」 「徐倫が五歳の時、きみはどこで何をしていた?」 「杜王の方が緊急性が高かっただろう」 「数日間くらい帰ってやれよ、なんのための私たちなんだよ」 「それに君は杜王に滞在している間、何をしていたっていうんだ」 「それは……「ヒトデの研究だァ?片腹痛いわ」 「更にだ、この間、徐倫が悪さをしたときにも、行ってやらなかったそうじゃないか」 「バイクを盗むくらい大したことじゃ「テメーが17だった時の話なんざ聞いてねえよこのスカタン」 「いいかい承太郎、塩を塗り込むようで悪いけれど、君のやり方はまったく間違っている」 「いくら徐倫や奥さんのこと愛していたって、テメエのやり方じゃあどうあがいても伝わらないさ」 突きつけられた言葉のナイフたちが容赦なく承太郎に突き刺さる。塩を塗り込むなんてもんじゃあない。二人が傷口を滅多刺しにして押し広げたあげく毒を塗り込むつもりでここに来ているのだということは、察するまでもないことだった。ぐうの音もでないとはまさにこのことか。 「離婚すれば済むってもんじゃあないだろう、やっぱりバカなのか君は」 二杯目のコーヒーを飲み干した二階堂が呆れた様なため息をつく。窓を打ち付ける雨がひとしきり強まった様な気がした。 麻衣様 いじるということはギャグ的な雰囲気を期待していらっしゃったのでしょうかと思いながら承太郎さんに言葉のナイフ滅多刺しにしてしまいましたいかがでしたでしょうか…!リクエストありがとうございました! ▼ ×
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