30000!! | ナノ

背中のナップサックの中で、ペンケースやらテキストやらががしゃがしゃと音を起てる。徐倫は早足をやめて、そっと植え込みの隙間から手入れの行き届いたイングリッシュガーデン風の小さな庭を覗き込んだ。パラソルが畳まれたテーブルのあるウッドデッキテラスの向こう、ガラス窓の向こうに、午後の日差しを浴びて、優雅に本を読んでいる女性と、バラの樹に水をやっている男性。二人は仲睦まじそうに微笑んでいて、徐倫も思わず嬉しくなる。
ふん、と誰にともなく意気込みを見せた徐倫は、すこしどきどきしながら、そっと門扉に手をかける。ガシャン、と音を起てて、ノブを回した。ぎい、と音を起てて開いた門扉、そろりと歩みを進めると、一目散にウッドデッキへ駆け出した。

「ノリアキただいま!」

猛烈な突進をくらって、典明はおおきくよろけ、尻餅をついた。満足そうにきゃっきゃと喜ぶ徐倫に、要は小さく吹き出す。子供の成長とは早いもんだと承太郎がボヤいていたのを思い出したのだ。からからとガラス窓を開けて、要は柔らかい笑顔を浮かべて言った。

「いらっしゃい、徐倫」
「エレメンタリースクールってこんな終わるの早かったっけ…?」
「今日は早く終わる日なのよ!いちもくさんに走ってきたんだから!」

典明の上に馬乗りになって徐倫は少し誇らしげに言う。「君もまったく老けたもんだな」要はくすくすと笑いながら、典明に手を差し伸べた。徐倫を抱き上げながら、「体力には自身があったんだけどなあ」少し困り顔で立ち上がると、腰を二三度はたいて芝生を落とす。少し目線の高くなった徐倫は、庭をぐるりと見回すと、はっと気づいたかのような素振りをみせて、花京院の顔をぐいと両手で動かす。

「新しいお花、増えてる?」
「増えてる増えてる」
「この前、典明がちょうど入れ替えたんだ」
「ピンクのお花!」
「スカーレットフレームって言う色でね、ゼラニウムっていうお花なんだ」
「かわいいね」

頭を撫でながら、徐倫は嬉しそうに頬を綻ばせた。「あたしもお手伝いしたいわ」手を伸ばした先のじょうろを持たせてやる。花京院の腕の上から、キラキラ輝く水の粒を注いで、徐倫の瞳もきらきらと輝く。「徐倫も来たことだし、典明、そろそろティータイムにしよう」要のその提案に、徐倫は目をぱちくりさせて大きく頷いた。

「レディはおててを洗ってきますのよ、ノリアキ!」
「はいはいお姫様」

両腕から降ろされるなりナップサックを放り出してバスルームへと駆けていった徐倫に、典明は元気だなぁと苦笑いする。

「茶菓子は何があったっけ」
「このまえ貰ったビスケットがあったかと思う。あと、おととい焼いたフィナンシェがあったっけ…けど、あくまでも三時のおやつだし、食べ過ぎないものがいい。承太郎に怒られる」
「茶葉は…」
「アッサムで、ロイヤルミルクティがいいな」
「いいね、そうしよう」

ハイエロファントとキッチンへ歩いていった典明を見送って、要は徐倫の放り投げたナップサックを持ち上げる。頃合いよくばらばらとこぼれ落ちたペンケースとテキストを拾い上げて、その一つに目を奪われた。戻ってきた徐倫が固まっている要を見つけて、「あっダメ!それはダメなの!」慌ててその手から『それ』を奪い取ろうと飛び跳ねた。

「ダメってゆってるでしょ〜〜!!」
「なにも…中身は見てないよ」

くすくすと笑いながら、『それ』をナップサックの中にきちんとなおす。徐倫は頬をぷうと膨らませて、眉間に皺を寄せた。

「レディの鞄を見るなんて、なってなくってよ!」
「はいはい、じゃあレディはきちんとバックの口を閉めておかなくちゃね」
「もー、ひとのあげあしばっかりとって!」

頭を撫でながら、ごめんごめん、と謝罪を述べる。しかし一度機嫌を損ねたお姫様はなかなか手厳しいらしく、ぷっくりと頬を膨らませたままそっぽを向いてしまった。よわったなあ、と眉尻を下げて苦笑いしたところに、典明が紅茶とおやつを頃合いよく持ってきた。SOSの視線を受けると、「お茶にしましょうか、お姫様」要にトレイを押し付けて、恭しく手を差し伸べる。
すると早々に機嫌をなおした徐倫、ウッドデッキになかよく駆けていく様を眺めながら、どうしてこう、上手くいかないものかと要は首をひねった。承太郎の娘だからだろうかという回答が一瞬頭をよぎって、それも否定できないな、と思わず苦笑する。承太郎、か、そういえば。カレンダーを見てふと気づく、日付を確認すれば、六月の二週目だった。そういえばそんな季節だなあと思いながら、この花京院要、にやけずにはいられない。

「今日ね、学校でお絵かきしたの。ふたりにも持ってきたのよ」

ファイルの中から、一枚の折り畳まれた画用紙を取り出して、徐倫は微笑む。そこに描かれていたのは、典明と要、そしてその間ではじけるような笑顔の徐倫、らしき、イラスト。

「おい、徐倫。これじゃあテメエ、どこの子だかわからないじゃあねえか」

そう眉間に皺を寄せて不機嫌になる級友の顔が頭に浮かんで。これは…見せられないな。典明は思わず苦笑する。
空条家のお嬢様は得意げに笑うと、紅茶のおかわりをねだるのだった。



ぎんの様 生存院夫妻で徐倫をあずかる話を書かせていただきました!いかがでしたでしょうか…!学校帰りに夫妻の家に入り浸る徐倫と、承太郎が迎えにくるまでめいっぱい徐倫を可愛がる夫妻、みたいな未来が来たらいいのにな〜 と思いつつ、楽しんで書くことができました。誠実主が見つけたのは父の日の「パパへ」的なお手紙だったらいいなと思います!リクエストありがとうございました!


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