30000!! | ナノ

午後の日差しが差し込んできて、二階堂はそれを眩しく思ったのか、開いていた本を閉じて白く薄いカーテンを引いた。直射日光さえ当たらなければいい。この天気のいい日にカーテンを締め切ってしまうのは少々病的だと二階堂は思う。ふとさっきからゲームに集中していた花京院を見やると、うーん、と眉間に皺を寄せて、めずらしく悩んでいる様子だった。

「何を悩んでるんだ」
「ここで……フラグを立てる、筈、なんだが…」

二階堂はちらりと画面を見やった。そこには頬を染めてハンカチを差し出すいたいけな少女が、こちらを微笑ましげに見つめてる。顔面の四分の一ほどが目の大きさかと思われる、みょうにキラキラした少女のイラスト…いわゆるスチルと、ウィンドウに表示されたセリフ、小窓の選択肢が四つ。甘いセリフに二階堂の頬が若干引きつった。

「脱出ゲーじゃなかったのか」
「あれ?言ってなかったっけ。脱出ゲーの要素もあるけど、これは…所謂、ギャルゲーってやつだよ。ここで隠しキャラがやっと出てきたわけなんだけど、ここにきて、どれだかまったくわからないんだ」

なんとも言えない表情で花京院をみつめる二階堂に、花京院はあれこれ並べ立てた仮説を喋る。彼はこの手のゲームではどうやら攻略本というものを見ない主義らしく、正攻法で、いかにトゥルーエンドまで持っていくかに拘っているらしかった。ゆえにキャラクター一人一人の人格分析は徹底されていて、二階堂はその分析に感心しつつ、その分類の細かさにちょっと引いた。しかし二階堂はふと気づく。このシーンで問われているのはそんな少女の期待ではないのではないか、ということに。

「貸せ」

二階堂は黙ってコントローラーを取り上げると、勝手に選択肢を選択する。「待て要!セーブしてないんだぞ!?」花京院は半ば悲鳴のような声を上げたが、二階堂はそんなことは意にも介さず、黙々と話を進めていく。しかし彼女は丁寧にセリフや描写のひとつひとつを目で追って、考えを巡らせながら進んでいるようだった。しかしその選択肢が、花京院の選ぶものと必ずしも一致するということはない。一致することはないものの、好感度はブレなく右肩上がりに上がり続けた。花京院は目を剥く。彼はいままで、こういう部類のギャルゲーをプレイしてこなかったわけではない。それに、相手の心理と場面のムード、ストーリー展開を読んで最も適切な選択肢を導きだすこの手のゲームは、どちらかと言えば得意の部類に入っていた。しかし今作は近年まれに見る難作と呼ばれる、この一本。簡単なものではない筈だ、と思っていたし、実際、難しいと思っていたのに。これまでメインのキャラクターを三人落とすのにもそれなりに苦労して、ようやく隠しキャラを出した所だったというのに。
二階堂が選択肢を選んでいく様は、そしてそのパラメーターが上昇していく様は。
これはまるで、神の所業ではないか。

「『私、貴方に出会えて…本当に幸せだったわ』……これって!」

きらきらと輝くような、どこか儚げな少女の笑顔、主人公と手を取り合うスチルが表示されて、エンドロールが流れる。正真正銘の真エンドと呼ばれるものだった。
半ば絶句したような表情の花京院に、二階堂はこともなげにいう。

「逆に考えるんだ。このゲームを攻略するには、主人公の性格を考えながらじゃないと進まない、あくまでそういう風に作り込まれている…なかなか面白いストーリーの構成だった」

ここまでのストーリーをセーブしますか、に、はい、を選択する。セーブのパラメータが100%になって、花京院は悔しそうな顔をしたまま、ディスクを取り出した。いままで小説を読んでいた二階堂が意識をこちらに向けたからには、ふたりでするゲームのほうがいいだろうとの思ってのことだった。
しかし二階堂は、ああ、と何かに気づいたような声を上げる。

「そういえば、ラッポラが、たまにはこんなゲームもどうだ、とかいって、くれたのがあったんだけど」

しばらく前だ、忘れてた。二階堂はガサガサとゲームソフトのディスクが詰まった棚から一枚のソフトを取り出した。『学園のプリンス様っ!』と書かれた淡いピンク色の箱は、明らかに、いわゆる『乙女ゲー』というやつなのだけれど。「バトル要素がなさそうだったから後回しにしといたんだ」二階堂はぱかっ、と音を起てながらケースを開く。今やるんですか。花京院は内心突っ込みを入れたが、いままで自分は彼女をほっぽってギャルゲーに勤しんでいたわけで。そしてそれを、悔しいながら彼女に攻略されたわけで。
複雑な心境でいる間に、二階堂はさくさくとゲームを立ち上げていた。『君の名前は?』と画面越しの男に訊かれて興味深そうに眺めている彼女に、なんとなく面白くないような気分になって、少し眉間に皺が寄る。
しかし彼女は要、と設定せず、『ユノー』と設定していた。彼女のスタンドが、気に入らないのか尾っぽでべしりと彼女の頭をはたく。その一方で、なんとなく安心した自分がいて、更に複雑な心境になった。
そして。乙女ゲーの王道中の王道、学園モノの恋愛物語が始まったわけなのだが。

「花京院、この選択肢、どれ」

開始20分。
はっきりいって、二階堂にしては、珍しく。
ほとんど絶望的に向いていなかった。
花京院は頬を引きつらせながら、半ば喧嘩と化している画面の中のヒロインと不良風のイケメン学生をもう一度ちらりと見やる。「僕に訊くなよ」…そう言いつつも、彼には相応しい選択肢がわかっていたわけだが。

「『映画館で食べるもの』って何…」
「そこはかわいいもの選んで好感度上げないと!…あっほら、また行っちゃったじゃないか…パラメータがひどいな……ここまで好感度上がらないなんて……」
「だってこんなマセガキの考えることなんてわからないじゃないか。…花京院だったらどれ」
「そこは『ちょっと待ってて、今すぐ支度して帰るからっ』だろ」
「ん…『もちろん』…ああ、放課後デートってやつか」
「鈍いな!ほら、『手と手がふれちゃいそう…心臓がばくばくする…』」
「………こいつ自意識過剰なんじゃないか」
「マジレスしちゃいけないよ」
「だめだ、さっぱりわからない」
「ああもう見てられない!僕にやらせてくれ!」

二階堂からコントローラーを取り上げて、ゲームを淡々と進めながら。花京院は関心する二階堂に向けて、独り言のように呟いた。

「こういうのは、相手がどう考えてるかじゃあなくって、ヒロインがどういう心境にあるのかを考えないとだめなんだ…」

ずいぶん順調さを取り戻したストーリーを、花京院は冷静に分析しているようだった。
画面の中では、先ほどユノーと名付けられた少女が、あこがれの先輩に迫られているシーンで。
やけにガタイのいい学ランの青年の『先輩』が、妙に自分の友人の姿に重なって、その相手が、現在プレーしている花京院によって落とされているわけで。
二階堂は微妙な心境になった。


左藤様 花京院とギャルゲーないし乙女ゲーということで、いかがだったでしょうか…!ギャルゲーの神な誠実主と乙女ゲーの達人花京院というお前ら性別交換しろ状態でした、…なんかすみません。とても面白いリクエストありがとうございました!書いていてとっても楽しかったです!!


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