30000!! | ナノ

ことの発端はといえば、たしかテレビ番組だったと思う。そうそう、たしか『世界奇妙発見』の再放送で。正月だから、と、珍しく長めの休暇を貰った花京院一家は、空条家ともども久しぶりに日本の、ひいては典明の実家に帰ってきていた。(要に身寄りがないことは、彼の母は今となっては重々知っている。そのせいだろうか、もともとのもてなし好きも相俟って、未だ若々しい典明の母は張り切ってあれやこれやと準備を万端に済ませていたため、要はすっかりやることをなくしていた。)
帰省翌日にしてまったくやることをすっかり奪われてしまった要は、初流乃と二人、リビングのソファの上でおとなしくテレビを見ていた。日本のバラエティ番組は久しぶりである。それも、60インチという無駄に大型の典明の実家のテレビ、もはやホームシアターと呼ぶべきじゃないのかと思うそれは、どうやら典明の父の趣味らしい。大画面で見る探検ドキュメンタリーはなかなかに圧巻で、普段は感じない臨場感を感じた。音響もまたいいものを使ってるんだな、幼少期では感じなかったようなことをぼんやりと考えながら、ジンベイザメがプランクトンを大量に補食する様を眺めていた。プランクトンを主な食糧にする海洋生物がテーマだった。なぜプランクトンなのか。画面が切り替わる。ジンベイザメから、オニイトマキエイ、いわゆるマンタと呼ばれるエイの一種がピックアップされた。でかでかとその黒い魚影が画面に映る。

「かっこいい…」

初流乃が小さく呟いた。それに気づいて、要はさりげなく彼の顔を覗き込んだ。めずらしく、わくわくと実に子供らしい表情を浮かべている。これはめずらしい。夫を見やると、既にどこから持ってきたのかハンドカメラを回していた。
(私は時々君のその準備の良さがこわいと思う)
しかしその反面、よくやったとは思うのだけれど。二人は揃いも揃って親ばかという結論で正しい夫妻であった。

「マンタか……見れるんじゃないかな?けっこう近くで」
「本当!?」
「承太郎に聞いてみよう、あいつなら、日本の水族館も網羅してるんじゃないかな」

要は目を細めて微笑んだ。(彼女はちょうどカメラのレンズに背を向けていたからには、彼女のことも息子同様愛してやまない夫は、まったく貴重なそれを撮り損ねたことになる。)
三時のお八つに典明の母特製の蜂蜜パイを齧る初流乃の傍で、同じく空条家で暇を持て余しているであろう承太郎にメールを打つ。案の定素早いレスポンスが帰ってきたのが、昨日。
そして、今日。
花京院一家と空条親子は水族館のエントランスで待ち合わせていた。
なんでも、承太郎の嫁と母親は、今日は福袋の初売りに行くだとかで、二人は家に取り残されることが決まっていたのだとか。あと正月休みはたったの三日、ならば行くのは今日が順当だろう。明日から空条家にはジョセフがやってくることになっていたから、それを待ったほうが良いんじゃあないか?と提案した典明の意見は、「ややこしい。」「めんどくさい。」という孫と義娘の意見により一蹴された。
寒いねえ、と実を寄せ合っていた典明と初流乃のところに、徐倫が駆けてくる。その後ろを少し早足で要がついてきた。

「久しぶりだね徐倫、また大きくなった?」
「1インチも伸びたのよ!」
「マードレ、承太郎さんは?」
「チケット買いに行った…のと、諸々」
「……?」
「ねえ、ハルノは何を見にきたの?」
「オニイトマキエイをみたくって、マードレにお願いしました。徐倫は?」
「私ね、ペンギンさんの親子をみにきたの!ダディが言ってたの、最近赤ちゃんが生まれたんですって!」

まもなく開園時刻です、というアナウンスが聞こえた頃、ちょうど承太郎が不機嫌そうな顔で戻ってきた。対して要は口角を釣り上げて、上機嫌である。それがどういうことか分かって、典明は少し苦笑いして、承太郎に礼を言った。
チケットを受け取った子供達は既に、一番最初の水槽に向かって駆け出していた。



×