30000!! | ナノ

一日中走り回っては遊び疲れて、夕食もたらふく食べつかれて、ついでにシャワーも借りて済ませて、すやすやと静かな寝息を立てる初流乃の頭を、典明はそっと撫でる。さらさらと細い黒髪が指の間を通り抜けた。花京院の膝枕に頭を預けた、そんな初流乃に半ば折り重なるようにして眠ってしまった徐倫を抱き上げて、承太郎は二人に背を向ける。初流乃の足元で同じく寝息を起てていたイギーがはっと目を覚まし、階段を登っていく承太郎のあしもとへトコトコと付いて行った。
ちょうど承太郎と入れ替わるようにして台所から戻ってきた要に、典明は少し眉尻を下げて笑いながら言った。

「結局かなりの長居をしてしまったね」

初流乃を起こさないように、そっと典明の隣に腰掛ける。「まあ、たまにはいいんじゃない。初流乃も楽しそうだったし」頬を綻ばせて、初流乃の表情を覗き込んだ。

「ずいぶん疲れたみたいだな」
「イギーと徐倫と走り回っていたからね、あんなに元気のいい初流乃を見るのは久しぶりかも」
「……遠慮してると思う?」
「未だに、まあ、否めないかな」

少し眉尻を下げて苦笑いする。要はそれに、少しだけ眉間に皺を寄せた。

「でもこればっかりは、口で言ってもしょうがない」

大きな掌で、口をへの字に曲げている要の頬を撫でた。「わかってるよ」目を伏せて、その手を引き剥がす。「外でこういうことは、やるもんじゃない」まったく照れ屋だと花京院は少し笑った。

「コンプレックスに感じることようなことでもないんだ。合理的に考えて、自分が生きるのに都合のいいように、好きな所で自由に生きればいい。べつに私はそれで初流乃を責めないし、間違っても縋ったりしない」
「僕もそう思ってる。初流乃は聡いからね、きっと考えなくていい遠慮までする。見返りなんて求めないっていうのに」
「そもそも初流乃がいなかったら結婚もしてないだろう」
「……」
「……どういうことだ」

典明の視線が泳ぐ。その先で捉えたのは、承太郎が戻ってきたところだった。彼の視線が花京院に突き刺さる。なんつう経緯で結ばれてるんだ、この甲斐性なしが。花京院は目を逸らして乾いた笑いを漏らす。承太郎がいつもの口癖を口にしながら、どっかりとソファに腰掛けて、彼の巨体がそれに沈んだ。その衝撃で初流乃の体が揺れる。これで目覚めないところを見ると、ひょっとしたら朝まで目覚めないかもしれない。

「まるで寄せ集めじゃあねえか」
「いいんだよ、それで都合がいいんだ」
「寄せ集めだって、なんだって、愛してるからね」

要は目を細めて眠ったままの初流乃を抱き上げて、その額に小さくキスを落とした。

「そろそろ帰るよ。長居をしてしまって悪かったね」
「またいつでも来ればいい」

徐倫も喜ぶ。父親の顔をして微笑む承太郎に、すこし嬉しくなったのか、ソファから立ち上がった典明はにこにこと笑顔を浮かべていた。

「奥さんは?」
「……俺から言っておく」
「いや、私がきちんと挨拶してくるよ。世話になったからね」

そういって要は初流乃を抱いたままキッチンへと歩いて行く。要もずいぶん角がとれて丸くなったものだと承太郎は少し驚いたような顔をしていた。それを見たらきっと要は「余計なお世話だ」と噛み付くように言うかもしれないけれど。典明はふっと小さく吹き出す。ならば自分は車を出さねば。ポケットをあさりながら、典明は何気なく口を開いた。

「次会えるのはいつ頃かな」
「冬頃にはなるだろうな…それまでまとまった休みはない」
「ぼくたちも、二人揃ってってのは、それくらいかもしれないな。……君はそろそろ帰省したほうがいいんじゃないのかい?ホリィさんは日本なんだろ?」
「そうだな……」
「……素直な承太郎…なんて珍しい」
「うるせえ」

ぷいとそっぽを向いてしまっても、典明は笑顔のままだった。
談笑しながら、要と承太郎の奥方が歩いてくる。「まだ車出してないのか」「出せって言ってないだろ?」少し肌寒い春の夜風にあてられてはいけないだろうと要は自分のコートで初流乃をくるむ。もうナイフも仕込む必要のないそれはとても軽く、それでいて相変わらず上質で、あたたかいものだった。


匿名様 エイプリルフールつづき、ということで、ご期待に沿えていたでしょうか? これでやっと彼女らの4/1が終わったわけですね。すっかりシリーズと呼べるくらいには書いてしまっているのでそろそろ純全はひとまとめにしてもいいんじゃないかな…とか思い始めました。 リクエストありがとうございました!


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