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Not too good, not too bad.

 チームPの公演もついに千秋楽の日を迎えた。毎回毎回崩壊寸前のステージだったというのによくもここまで耐えたものだ。チームのトップとシンガー、そしてナンバー2の関係に生じた問題は何も解決していないというのに。
 
 ステージ衣装に着替えてエントランスで客を出迎えるのは公演がある日の営業方法だ。顔に見覚えのある若い女性達はこちらの姿を見つけた途端に瞳を輝かせて近付いてくる。
「あー、今日も相変わらず美人!公演楽しみにしてるからね、ミカゲ!」
「千秋楽なんて信じたくなーい」
「ほんとそれ」
 彼女達の台詞に応えるようににっこりと笑みを浮かべる。
「ボク達の公演最後まで楽しんでね」
 小さく首を傾げつつ胸に手を添えるポーズも忘れない。
 かわいく、あざとく、そしてPらしくノーブルに。つまりは“ミカゲ”らしく。普段の生活でこんな風に愛想を振り撒くことなどまずない。だからスターレスのメンバーの一部から『詐欺』呼ばわりされているが特に問題は感じていない。身を置く環境によって人への対応を変えるのはむしろ必要なことだ。
 その証拠に目の前の女性達も喜んでいる。推しているキャストから、ミカゲから求めていたサービスを受け取ったのだから当然だ。彼女達の抱く感情はともかくこちらは仕事を円満にこなせればそれでよい。
 
 次々に客はやってくる。大半は女性だが、たまに彼氏らしい人物を連れたカップルや男性だけでの来店も珍しくはない。常連の客とは長めに挨拶と会話を交わし、新規の客には丁寧にだが気後れさせないように対応する。何も難しいことなどない。親しくもない上っ面の関係でしかない相手が喜ぶ言葉や行動を選ぶのは簡単、というかある程度パターンを決めてしまえばいい。
「始めてのご来店ですかぁ?」
 そうこうしているうちにまた新規の客が1人。大学生らしき青年だ。爽やかで人当たりもよさそうでどことなくスポーツマンらしき雰囲気も感じる。このあたりの年代だと友人達とつるんで来ることが多いが1人とは珍しい。
 青年は物珍しげにエントランスを眺めつつ口を開いた。
「ええ、そうです。1人なんですけど大丈夫ですか?」
「勿論! とりあえずお席にご案内しまぁす」
 そう言って近くにいたホールスタッフ姿の銀星と視線を合わせた。公演の時間が迫っているのでそろそろ持ち場を離れなくてはならない。こちらの意図を汲んでくれたらしい銀星が近付いてくるまでの数秒の間に青年と目を合わせる。
「今日はボク達チームPの公演の千秋楽なんだよ。楽しんでくれたら嬉しいなぁ」
 サービスでウインクもつける。男女である程度対応は変えるが、自分の容姿なら男性相手でもこういう手が通じるというのは経験済みだ。本物の女の子みたいで焦った、と客から言われることがあるが向こうからすれば男装したキャストがいるなど夢にも思わないだろう。


***


「ミズキ見なかった?」
 そう言って眉を下げたのはクーだった。公演はもうじき始まる。エントランスでの営業を切り上げて舞台裏に来てみれば今日も問題が起きているようだ。
「見てない。来てないの?」
「そうみたい。今真珠が探しに行ってる」
「何か連絡は?」
 クーは無言で首を横に振った。
 なるほど。これがミズキの出した答えか。
 今までレッスンを避け続け、リンドウとの衝突を繰り返しそれでもステージには上がり続ける姿はとても矛盾していた。それがここに来てステージを放棄するとはついに彼も。
「いいね」
 思わず口から出た言葉にクーが軽く目を見開き、そして苦笑した。
「キミ、もしかしてこういう展開を望んでた?」
「どうかな。起こり得る範囲内の出来事であったと思うけれど」
 舞台袖はいつも以上にばたついている。キャストが1人来ないのだからそうもなるだろう。ステージを中止する訳にはいかない。どうするのか早く結論を出すべきだ。
 少し離れた位置にリンドウがいる。端整な横顔には苦悩が浮かんでいた。彼はこの数ヶ月ずっとあれだ。随分と苦労しているらしい。問題を解決する方法などいくらでもあるというのにどうしてそう回りくどい手段ばかりとるのか。リンドウに限った話でもないか。その点、ミズキはシンプルで効果的な選択をしたとも言える。
 何か言いたげなクーに気付いていないふりをしてリンドウへと近付く。
「『ミズキ、見付かってないんだってね』」
「ええ」
「『別にさぁ、いいんじゃない? こういう時のためのアンダーだと思うけどなぁ』」
 口元に笑みを湛える。目を柔らかく細める。
 あざとく、かわいく。
「『ステージから逃げたミズキなんてどうでもいいよね? 棄てちゃえばぁ?』」
 途端にリンドウの表情から苦悩が消え失せ、代わりに眼光に鋭さが宿る。隠し持っていた牙が僅かに覗いた。
「“彼”はそんなことは言わない」
「『なんのこと?』」
「あなたはあなただ。彼にはなれない」
「『だからぁ?』」
「あなたに彼の代わりは望まない」
 完全に断言されたのはこれが始めてだろう。
「アッハッハッハ!」
 思わず上がった笑い声に視線が集まったのを感じる。しかし、これが笑わずにいられるか。うつむきながら顔に手を当てた。ああ、やはりそうだ。そうなのだ。そうでなくては。
 私が兄に成り代わるなどあってはならない。何事もなかったかのように進むわけがない。
 ひとしきり笑ったところで顔を上げる。
「いいね、それ」
 そう言って険しい表情のリンドウと視線を合わせる。
 あざとい笑みは消す。代わりに挑発的に唇を歪めた。
「チームPがどうなるか興味深いね」
「あなたもその一員だということをお忘れなく」


 ミズキは結局見つからず、キャストは真珠へと変更された。
 練習はしてきたがこのメンバーでの公演は初だ。さて、どうなるか。
 
 変わる変わる、チームPは変わる。
 メンバーが入れ替わり中身が変わる。キャストが変わる、シンガーも変わる。変化なくして前進はない。退行しているのかもしれない。それでも、変わらないよりマシだ。
 
 兄が死んで何も変わらないなど認めるものか。