小説(blst) | ナノ

Not give a fig.

「くだらないなあ」
 
 ミズキがレッスンから逃げ出すのは最早チームPの日常の一部だった。公演に向けてのリハーサルは必須だというのに困ったものだ。おまけに随分と隠れるのが上手いらしくそう簡単には見つからないし、見つかったとしても酷く抵抗する。それほど嫌なのか。少なくとも以前までは文句は言いつつもレッスンには参加していたと記憶している。なにより、リンドウとの関係だ。決していいものでもなかったが、ここまで拒絶はしていなかった。状況が一気に悪化したと考えるべきか。様々なことが立て続けに起こり環境が変化したせい、と言えば簡単だがそれ以前の積み重ねがあってこその結果だろう。
「2号?」
 数歩前にいた真珠が振り返る。レッスンの開始前にこうしてミズキを探し回るのも恒例だった。
「何か言った?」
「いや、何も」
「そっか。それにしてもミズキ見つかんないなあ」
 はあ、と真珠が溜め息を吐き出す。困ったような怒ったような表情も見慣れてきた。彼はこうしていつもミズキを気にかけている。レッスンに来ないことに怒りながら、ミズキがチームPに居心地の悪さを感じていることにも口には出さないが心配している。仲間意識の強さが根底にある。もともとアイドル候補生として活動していたと聞くし所謂チームワークというものの重要性を知っている。
「思い付くような場所は全部見て回ったし、もうこの辺りにはいないのかな」
「かもね。見つからないものは仕方ないし、リハは真珠が代わりに入ってくれればいいんじゃない」
「でも、……いや、もうすぐレッスン始まるしね」
 迷ったような素振りを見せた真珠だったがすぐに表情を切り替える。レッスン行こう、とこちらに呼び掛ける声はとても真剣なものだ。頷いてそれに答え、目的地へと歩き始めた。


***


 ホールが黄色い歓声に包まれ、それはステージをも飲み込む。惜しみない拍手の一つ一つは体にぶつかるように降り注ぐ。舞台袖にはけながら意識的に笑みを浮かべ手を振れば客席から熱烈に名前を呼ばれた。その声に答えるように指先を唇に当ててそれを投げかける動作をすればさらに悲鳴が上がる。いつものことだ。どういうアクションをどれば客からどんなリアクションが返るのかを考えるのはそう難しいことではない。異常に愛想がよく女性受けのよい兄を参考に、それをベースにしつつ応用させればよい。兄と容姿が瓜二つと言ってよいほど似通っているので苦労することはなかった。
 客席から見えない位置にまで移動したところで浮かべた笑みを消す。セットが崩れるのを気にすることなく前髪をかき上げた。こめかみから流れ落ちる汗が不快で手で払う。体型を誤魔化すためにある程度着込んでいるせいかステージが終わった後は熱くて仕方がない。
「今日のステージもスリリングだったね」
 マイペースに話し掛けてきたのはメノウだ。
「ついに2号とミズキが衝突するかと思ったよ」
「まさか。本番でそんなミスするわけないでしょう」
「でも、結構危なかったよね」
 メノウの言うことは事実だ。今回の演目『虹の彼方へ』の初日からミズキとはとにかく息が合っていない。ステージの最中にぶつかりかける回数が最も多い組み合わせはここだろう。
「オイ」
 背後からの声に振り返ることなく返す。
「何か用?」
「テメーいい加減にしろよ」
「何が」
 白々しく答えれば舌打ちが飛ぶ。そして後ろから襟を掴まれ無理矢理顔を向けさせられた。
「喧嘩売ってんのか?」
 目線より少しだけ高い位置で、歯を剥き出しにして唸るように言うミズキ。まさしく狂犬。その眼力は全てを拒絶するかのよう。
 だがそれに怯むことはなく平然と返す。
「喧嘩? 私が? キミに? まさか」
「ならステージで邪魔すんじゃねえよ」
「邪魔した覚えはないけれど。レッスンに来ないから合わせにくいだけなんじゃない」
「行くわけねーだろ」
 2度目の舌打ちと同時にミズキは荒々しい動作で掴んでいた襟を離すと足早に歩き去って行った。振り返ることもない。
「やっぱり、アレってわざと?」
 成り行きを見守っていたメノウが口を開いた。
「アレ、とは」
「ミズキに張り合ってるっていうか、牽制してるっていうか」
 うーん、とメノウが唸る。考え込む素振りをしつつ言葉を選んでいるようにも見えた。
「何て言えばいいかな。はみ出た部分を叩いて矯正してる感じ?」
 なるほど。いい例えだ。
「ミズキが合わせる気がないならこっちもそれなりの手段をとるってだけ」
「それって、余計にミズキを刺激するだけじゃない?」
「でしょうね」
「2号って」
 眠たげな目がこちらを見る。次元の違う何処かを写すような瞳が今は1人の人間に向けられた。
「試してる?」
「何を」
「チームPを。いや、リンドウをかな」
 メノウの言葉に自然と口元にうっすら笑みが浮かぶ。
「興味深い意見だね」
「当たってる?」
「さあ」
「ふうん。でも、毎回スリリングなステージになるのは面白いね」
 行き着く先は結局そこか。流石は演技ジャンキー。
「それに、ちゃんとチームPとしてステージが成立してるなんてすごいと思わない?」
 語りかけるような言葉だった。
 そう、チームPはチームPのステージを行う。当たり前だ。チームPにチームWやKのステージは出来ないし逆もまた然り。
 けれど、今のチームPは混乱の中にある。ナンバー2とシンガーがトップを信頼しておらず、舞台は毎度毎度崩壊ぎりぎりを綱渡りのように進む。そして、その不安定な綱を揺するのが自分だった。はみ出た部分を矯正しようと力業で叩けばその衝撃が全体に広がるのは目に見えている。けれどそれを止めるつもりもない。
 リンドウを試してる。それは間違いではない。
「つまり、リンドウがすごいって言いたいの?」
「そうだよ。リンドウはすごいよ」
 いつになく強い主張だ。珍しい。他人に興味などなさそうだったのに。

 『分かってないなあ、アレがいいんだろ』
 『でも、ボク達何だかんだ好みが似てるし』
 『オマエもきっとハマるぜ?』

 脳裏に甦る台詞があった。規格外の兄が光の届かない地の底で見つけたものは何だ。スターレスに、チームPに拘った理由は何だ。
 それが分からないわけではない。知らないわけではない。けれど、呑み込むことができない。だから試す。それで壊れればその程度だったということだ。もし、価値が見出だせるのであれば受け入れることが出来るだろうか。いや、受け入れる必要もないか。
「誰も彼も光に群がっちゃって」 
 ここは堕ちた地の底、闇の中。
 陽の光なんて届くはずもないのに。
「2号にはそう見える?」
 のんびりしたメノウの声はどこか楽しんでいるように聞こえた。演技のことしか頭になかったような人間が最近は随分と自チームのことを気にするようになったのは何故だ。
 少しずつ何かが変わる。スターレスは変わる。チームPも変わる。 なのにチームPのステージはずっとチームPのまま。
 
 変わればいいのに。
 くだらない。

「光を追いかけてまるで虫みたい」
 全くもってどいつもこいつも。
 虫けらは地に這いつくばっているのがお似合いだ。届かぬ光に向かって首をもたげて、暗闇に圧し潰されながら生きている。
 私も彼らも些細な存在。そこに価値なく意味もない。 
「でも、虫ならどこにでも飛んで行けそうだね」
 そう言ってメノウは笑った。