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晴れない明けない眠れない

 響く声につられて早希がレッスン場を覗くと、中では黒い衣装を纏ったリンドウとミカゲが対峙していた。新作の衣装はチームPのイメージとはやや異なるデザインであり、けれど不思議と違和感なく誰もが着こなしている。
 2人は稽古の途中なのだろう。どこかのシーンを通しているらしい。ミカゲは皮肉げな笑みを口元に浮かべ、対するリンドウは苦悩に表情を歪ませている。台詞の応酬は続きミカゲがリンドウを追い詰めたと思わせた所で反撃の一言を受けてひどく狼狽え、逆上したのか嫌悪にまみれた言葉を叩き付ける。
 そこで一区切りがついたようで、早希の存在に気が付いたらしい二人が同時に顔を動かした。
「早希さん。見学ですか?」
 柔和な笑みを浮かべたリンドウがそう話しかける隣でミカゲは冷めた目で早希を見ていた。
「すみません、練習中断させちゃいました?」
「大丈夫ですよ。そろそろ一度休憩を挟もうと思っていたので」
 構いませんよね、とリンドウはミカゲに視線を向けた。
「どうぞ」
 と、ミカゲは一言だけ口にすると薄く唇を歪める。ダウナーな彼女にしては分かりやすい好意的な笑みだった。
 それにしても、と早希は2人を見比べる。身長差は10センチメートルほどだろうか。ミカゲの方が華奢で体も薄いが、不思議と線の細い青年のようにも見える。化粧や衣装のおかげだろうか。
 女性らしさも残しつつ男性の要素も併せ持った姿は中性的で、言われなければどちらの性別かは断言できない。
「私に何か?」
 つい顔を見詰めているとミカゲにそう問われ早希は慌てて口を開いた。
「あ、いえ。ミカゲさんて中性的なんですけど男性にも見える時があってすごいなあ、って」
 彼女が女性であることを知るのはスターレスのスタッフの一部だけだ。それだけミカゲは店を訪れる客の前では男性として演じきれている。早希自身も教えられるまで彼女の性別には気が付けなかった。スターレスのキャストに他にも中性的な男性がいたというのも大きいだろう。
 早希の感心したような言葉にミカゲはさらりと返した。
「そうでないと困るよ」
「結構大変なんですか?」
「どうかな。そもそも“元”がかなり“ああ”だったから」
 元? と早希が困惑しているのが伝わったのかリンドウが言葉を付け加える。
「彼女が代理のキャストだというのは早希さんもご存じですよね?」
「はい。双子のお兄さんの代理なんですよね? そっくりだって聞きました」
「ええ、本当に似ているんですよ。僕もしばらくは全然見分けがつきませんでした」
 つまり、とミカゲが結論付ける。
「外見だけならどうとでも誤魔化せるってこと」
 そこまで断言されると興味が湧く。早希も今まで何組か双子と知り合ったことがあるが、どうしても並んだ姿を見たくなる。ただ、流石に出会って間もない人を相手にそう言い出すほど図々しくはない。
「なら、リンドウさんはどうやって2人を見分けてたんですか?」
 するとリンドウは複雑な表情を浮かべる。言い出しにくそうな彼の代わりに言葉を返したのはミカゲだった。
「性格が全然違うから。黙って立ってたら見分けは付かないだろうけど喋らせたらすぐ分かる」
「へえ、双子でも性格が全然違ってくるんですね」
「似てる双子は似てるんじゃない? うちはそうじゃないけれど」
「どんな人なのか聞いてもいいですか?」
「どんな? それはもう我儘で自分勝手でどうしようもない自己中心的な人間」
 思っていたのとは違う辛口な評価に早希は返す言葉が見付からなかった。ミカゲは腕を組むと溜息を吐く。眉間には僅かに皺が寄っている。不機嫌、なのは見ていて明らかだ。どうやら話題の選択を間違えたらしい。
「あの……」
 別の話題にしようと早希が口を開いたところでリンドウがそれを遮る。
「それだとあんまりな評価じゃないですか? 確かに自己中心的な部分もありましたけど」
 ミカゲはリンドウを一瞥すると組んでいた腕を緩め腰に手を当てた。そして分かりやすく視線を明後日の方向に向ける。
「……これ以上はノーコメントで」
 それだけ言い残すとミカゲはレッスン場の中心へと歩いていく。休憩は終わりだと言いたげに。
 その後ろ姿に早希は手を伸ばしかけてやめた。
「彼女のことはあまり気にしないでください。怒っているわけじゃないんです」
 リンドウがこそりと早希に囁く。
「でも」
 どう見ても彼女は無理矢理会話を切ったようにしか思えなかった。
「いいんです。そして、もしあなたさえよければまた彼女に兄について話を聞いてみてください」
「え?」
 意図が分からず早希は疑問符を浮かべる。
 リンドウは眉を下げ困ったような笑みを浮かべていた。それがどこか哀しそうにも見えて早希は無意識に胸元で手を握り締める。
「どうして私なんですか?」
「あなたは“彼”を知らないから。……すみません、無理なお願いをして」
「全然無理じゃないです。私もミカゲさんのお兄さんがどんな人なのか興味ありますし」
 ありがとうございます、そう返したリンドウはやはり悲しげに目を伏せていた。
 リンドウさんじゃ駄目なんですか、と浮かんだ言葉を早希は飲み込んだ。羽瀬山に強引にではあるがチームPの相談役という役職を貰ったからには少しでもキャストの皆の手助けになればいい、そう思いながら。