小説(スタミュ) | ナノ

2学期の話(4)

 綾薙祭実行委員会による定期報告会も佳境に差し掛かった時1つの議題が浮上した。
 「2年ミュージカル学科Aチームのクラス公演休止に伴うプログラム変更」である。

「何か意見のある人は」

 司会を務める誉は実行委員達を見渡した。すると3年の女子生徒が挙手したので発言を促す。

「野外で公演予定の部活やクラスの中から希望者を募れば?」

 賛成の声が上がる。続いて別の2年の男子生徒も意見を出す。

「舞台とパフォーマンスの規模のバランスみてからある程度絞って最終的に抽選すればいいんじゃないですか」

 ああだこうだと飛び交う意見に誉は耳を傾ける。綾薙祭の開催が近づきプログラムの最終稿をそろそろ決定しなければならない時期だ。2学期が始まる前からある程度は決めていたのだが、2年ミュージカル学科Aチームのクラス公演辞退という決して小さくはない波紋が生まれた。
 誉自身としては2年のストライキという手段は褒められたものではなかったが、華桜会の強引さにも物申したい気持ちもありどちらの肩も持つつもりはない。しかし、容赦なく公演枠を奪うことはなかった。例年と違うプログラム構成であるというのは第三者から見て良い意味にも悪い意味でも受け取れる。ならば2年がなんとか復帰しクラス公演を行えばとりあえずは無駄な混乱は避けられる。だから、それを期待し今の時期までプログラム変更を伸ばしに伸ばしてきたのだ。おかげで誉は冬沢から小言を貰ったがそんなのは慣れたものである。
 だが、残された時間はごく僅か。

「では、来週末まで募集をかけ最終的に抽選で出場者を決定ということで」

 誉の言葉が解散の合図となった。





 テラスの白い椅子に腰かけた誉は手持無沙汰にスマートフォンを片手で触りながら頬杖をついた。昼休みには食事を摂る生徒で賑やかなこの場所だが放課後ともなると人気は減る。現に今は誉しかいなかった。
広報の仕事と実行委員としての仕事の合間を縫って誉がわざわざこんなところにやってきたのには意味がある。

「お待たせしました、雨宮さん」

 そんな挨拶と共に現れた長身の男子生徒に誉はビジネスライクな笑みを浮かべた。

「待ってたよ、南條くん」

 誉の言葉に南條もいつもの食えない笑顔で答える。

「で、いったい何の用ですか?」

 向かいの席に座った南條を誉は観察する。「何の用ですか」と言う割には戸惑いが見られない飄々とした態度だ。どんな用件で呼び出されたのか気が付いているに決まっている。

「もったいぶっても仕方ないから単刀直入に聞くけど、きみ達まだオープニングセレモニーに出るつもりなの?」
「そうみたいですね」

 ずいぶんと他人事のように言ってくれる。

「勝算があってのこと?」
「どうでしょうねえ。ただ、うちのピュアっ子どもが華桜会の人達引き込んじゃったみたいで」
「それはそれは」

 初めて聞く話だ。華桜会を引き込んだ?いったい誰を?
 脳裏に5人の姿が浮かぶ。速攻でその中から一人除外した。まず“彼”はありえない。そして確率の低そうな二人をさらに除く。あの多忙な首席が2年とそこまで接触した可能性は低い。そしてもう一人もそう簡単に2年側に付くとも思えない。あり得るとすれば。

「入夏くん、……もしかしたら春日野くん?」
「そこはご想像にお任せします」

 笑顔で流される。そう簡単に情報はくれてやらないということか。だが誉にしてみれば誰が2年の味方であろうと大きな意味を持たない。“彼”がいる限り決定が覆ることはないのだから。それよりも重要なことがある。

「まあ、いいけど。それよりも本気でクラス公演やらないつもり?」

 誉にとっての懸念事項はそこだった。

「華桜会からもそう言われちゃいましたからね」

 軽い調子で返す南條は肩を竦めた。内心は全く読めない。本当は惜しがっているのか、それとも本気でどうでもいいと思っているのか。オープニングセレモニー出場に関しても同級生たちに絆されたフリをして協力しているだけなのかもしれない。
 いや、それは違う。誉は自身の考えを否定する。少なくとも誉の知る南條聖は自身の不利益になるようなことを進んでするような男ではなかった。それがどうだ。今や学園のトップ集団である華桜会と敵対する立場にいる。そこから脱する方法などいくらでもあるというのに。損得だけで動いているようには思えない。ならば、交渉の余地はある。

「2年生にとってクラス公演が特別なものだってことは南條くんだってわかってるでしょ」
「わざわざそれ言うために呼び出したんですか?」
「そう。Aチームにはクラス公演に参加してもらいたい」
「その代わりオープニングセレモニーは諦めろ?」

 誉は頷く。

「たぶんそれが一番いいと思うけど。セレモニーに出られなくてクラス公演も中止させられて何もできない状態なんて最悪でしかないでしょ」
「まあ、そうですね」
「その気があるなら私も冬沢に口添えする。できる限りのサポートはするつもりだから」

 南條の目に警戒の色が宿る。笑みを浮かべたままだが、誉の思惑を推し当てようと眼光が鋭さを増した。

「雨宮さんがそこまで2年の面倒見る理由なんてあるんですか」
「だから前にも言った通り、綾薙祭の成功のため。余計な波風これ以上立てたくないの。それだけ」
「冬沢さんに睨まれることになっても?」

 彼の声が少し硬くなったのに誉は気が付いた。

「なんでそこで冬沢が出てくるの」
「雨宮さん、冬沢さんには逆らえないんじゃないですか?」

 一瞬、誉は口籠る。冬沢に逆らえないなんてそんなことはない、と言い切れないのが事実だった。そこには意図せず上下関係があった。たぶん、本気で命令されれば誉は冬沢の言うことを聞くしかないだろう。今は些細なことで反抗してみせてはいるがそんなのはただのポーズに過ぎない。
 誉はわざとらしく首を振った。自分自身を誤魔化すためにも。

「別に冬沢から2年との接触禁止されてるわけでもないし大丈夫でしょ。あとは南條くんが上手く言いくるめてくれるのを期待してる」
「えー。後輩に嫌な役押し付けないでくださいよ」
「そこはきみ達の自己責任」

 ふっ、と南條の警戒が緩む。その様子を見て誉は小さく息を吐き出した。冬沢といい南條といいこの手のタイプとの話し合いは精神的に疲れる。

「まあ、忠告はしておいたから。できれば言う通りにしてね」
「それは俺が決めることじゃないんで」

 口元だけ南條は笑みを浮かべた。その目はここではないどこかを見ている。仲間、のところだろうか。やはり中等部の頃とはどこか違う。卒業してから2年以上会っていないのだから当然と言えば当然なのだろうが、少し驚く。いい出会いがあったのだろうか。友か師かライバルか。あまり詮索するのはお節介だろう。

「でも、俺達に構い過ぎない方がいいですよ。冬沢さん的な意味で」

 少しだけ気遣うような素振りの南條の言葉に誉は苦笑するしかない。

「うーん。そのうち切り捨てられるんじゃないかな、とは思ってるよ」
「うわぁ。それなのに下についてるなんて雨宮さんマゾヒスト?」
「失礼なこと言わないでよ。成り行きだから、成り行き」
「成り行き、ねえ……」

 本当に?と南條の声なき声が聞こえた気がしたが誉はそれを無視した。