小説(スタミュ) | ナノ

2学期の話(8)

 企画書に目を通した誉はふんふんと頷く。
 オープニングセレモニーのプレ公演の開催が華桜会によって決定され、それに伴い綾薙祭実行委員会には新たな仕事が舞い込むこととなった。決して余裕があるスケジュールではないが、悪いことばかりでもない。当日の動きの確認を早期にできるのはありがたい話であるし、広報部を兼任する誉からすれば宣伝のいい機会でもある。
 文字列を追いかけながら誉は今後の予定を組み立てる。宣伝に関しては広報部の部員に任せておけば問題はない。プレ公演そのものに関しては音響や照明担当との打ち合わせが何度か必要だろうし、演出に関して華桜会とのすり合わせの場も設けなくてはいけない。あれは華桜会の担当、こっちは実行委員会の担当、と大まかに業務を割り振る。
 綾薙祭本番の気配が肌に感じられる時期になり、自然と誉の気持ちは昂る。ここからが特に重要なのだ。一層気を引き締める。




 しかし、忙しいものは忙しい。通常の業務に重ねてのプレ公演のあれこれだ。マルチタスクが得意であると自負する誉であったがそれはそれ。もしかしてここ数年で最も多忙な綾薙祭実行委員長ではないのか?とすら思ってしまう程度には。
 それでも、なんとかプレ公演当日まで漕ぎ付けた。
 観客の入場1時間前から舞台裏には演者、実行委員及びスタッフが集合した。現場の責任者として周囲に指示を飛ばす誉だったが、入念な打ち合わせのおかげで恙なく準備は進む。

「雨宮さん、そっちはどう」

 背後からかけられた声に誉は振り返った。

「問題ないよ、春日野くん」

 そう言って誉は笑いながら手に持ったバインダーを振る。

「音響と照明のチェックは終わった?」
「入夏と千秋がすませた」
「よしよし、順調」

 上機嫌な誉を見て春日野は意外そうに声を上げた。

「楽しそうだね」
「まあね。かなり楽しみにしてるよ」
「リハ見てたのに?」
「セレモニーを見た観客の反応が楽しみなの」

 通過点ではあるがようやくここまで来たのだ。春から下準備をしてきた成果が分かり易い形で示される。そしてそれはきっと上手くいく、そういう確信もあった。自分が尽力してきたのだから報われたいという気持ちもないではないが、それよりも同世代の華桜会が推し進めてきたプロジェクトならばきっと成功するだろう。そう、誉は思っている。

「だって、華桜会があれだけ力入れてたでしょ? どれだけすごいパフォーマンスなのか皆に見て欲しいし」
「雨宮さんて、思ってたよりも単純だね」
「なにそれ。褒められてる?」

 思わず誉は笑ってしまう。

「褒めてるよ」

 春日野も小さく笑った。

「優等生の割にはかなり図太くて、計算高そうなのに意外に情に脆い。見てて面白いよ」
「面白キャラは目指してないんだけど」
「そう? 適性あるんじゃないかな」

 今度占おうか、と冗談めかして言われる。誉は丁重にお断りした。さすがに適性があってもそっち方面に進む気はない。

「だから、たまに中等部の時の話を聞くと信じられない」
「でしょうね」

 それは誉も肯定する。別に黒歴史だなんて言うつもりもないし隠すつもりもない。あれはあれで雨宮誉だったのだ。ただ、少し思い詰め過ぎだ、と過去の自分を笑ってしまうのは仕方がない。

「中等部の頃からの付き合いみたいだけど、雨宮さんと冬沢と千秋ってよくわからない関係だよね」
「そう?」
「千秋とは仲がいいみたいだけど、冬沢とは仲いいのか悪いのか分からない」
「よくもないけど悪くもない仲だよ」
「仕事は結構頼りにされてるんじゃない?」
「うーん、そうだといいけどね」

 実際は、まあそれなりに仕事を任されているのだから頼りにされていると言ってもいいのかもしれない。けれど、どうしても誉自身そう言い切ることはできなかった。

「どうして、冬沢の前だとそんなに自信なさそうなの」

 春日野の言葉に思わずに口ごもる。
 自信がない。確かにそう言われるのも当然かもしれない。誉は冬沢と相対するとき常に予防線を張っている。相手の出方を常に伺い、合理的な建前なしでは会話もできない。誉の本音など取り合ってくれない。対等な立場には程遠い。

「いや、急にどうしたの春日野くん」

 そうだ、いつもはこんな会話などしないのだ。
 中学も違う、クラスも違う、今年になってようやく接点が増えた。それも広報の仕事であるとか綾薙祭関連だけでプライベートなことなど滅多に話題には上がらなかったのに。
 すると春日野は呟くように口を開いた。

「四季が」
「え?」
「四季が言ってたんだ。冬沢と雨宮さんは似てる、って」

 僕はそうは思えないけど、と最後に言葉が付け足された。

 がつん、と頭を思いきり殴られた気分だ。
 似てる? 自分と冬沢が? いったいどこが?
 誉には見当もつかない。そんな部分が本当にあるのか? 冬沢亮と似ているだなんてそんなわけがない。自分と冬沢はこんなにも違い過ぎるというのに!

「似てるわけ、ないじゃん」

 カラカラになった喉からなんとか声を絞り出した。自分でも驚くほど動揺していることにようやく気が付いた。胃のあたりが異様に熱く、何か正体の分からないものがぐちゃぐちゃと渦巻いている。なんとかその衝動をやり過ごすために息を吐きだす。
 そんな誉の様子を見た春日野は何か言いたげな表情を浮かべたが、結局はそれが言葉となって現れることはなかった。


「開演10分前です!」

 スタッフの上げた声に春日野と誉は気持ちを切り替える。

「雨宮さんも客席で見る?」
「ううん。私は調整室から見るつもり。全体の確認したいし」
「わかった。じゃあ、また」
「また後で」