小説(スタミュ) | ナノ

2学期の話(6)

「それじゃあ改めて聞きます。きみ達、オープニングセレモニーを諦めてクラス公演に復帰する気はないんですね?」

 2年MS組のクラスにいるのは9人の男子生徒、そして誉だけだ。綾薙祭実行委員長として彼らに放課後教室に残るように指示を出した誉は教卓の前に立ち、少年達を見据えた。誰の目にも強い意志と光が宿り、誉の言葉など入り込む隙などありはしなかった。

「はい。俺達は14人全員でステージに立ちます」

 カンパニーの代表である星谷の返答に誉はため息をつきながら腕を組む。これ以上自分が何を言おうと彼らが意見を曲げることはない、というのは理解に難しくない。なにせあのチーム鳳がいるカンパニーだ。逆境など追い風にするポテンシャルはいっそ恐ろしい。

「……一応ね、先輩として言っとくけど」

 それでもやはり誉は言葉を止めなかった。

「2年生のクラス公演ってそう簡単に手放していい枠でもないし、そっちに全力注いだ方がきみ達のためだよ」
「だとしても、これが俺達全員で出した答えなんです」
「オープニングセレモニーの出場許可がでると本気で思ってる?そもそもどうやって説得する気なの?」
「それは……」

 一瞬口ごもる星谷だったが、後ろに座る南條が手を上げる。

「いやあ、流石に華桜会側の人にこっちの作戦言えるわけないじゃないですか」
「何か企んでるならやめて欲しいんだけど」

 軽く2年達を睨みつける。南條の言葉が真実かどうかはわからない。何か作戦があるか、ないけれどあえてそういう言い方をしているのか。実に面倒な人間があちら側に本気で参入してしまったらしい。しかし、綾薙祭の準備で忙しいこの時期にさらに仕事を増やされるなんて御免だ。そしてそれによって本番に影響が出るようなことあってはならない。
 考え込むように誉は目を閉じる。2年の主張はカンパニー全員でステージに立つこと。チーム柊がオープニングセレモニーへ出場しクラス公演へ出られないという前提がある以上、残りの9人はオープニングセレモニーへと出ない限り共演は不可能。そして、彼らはオープニングセレモニーに出場するという名誉など興味はなく14人でステージに立つことの方を重要視している。しかし、華桜会プロデュースのこの新規プログラムの目的は次期華桜会候補のお披露目と外部に対して綾薙学園の変化を見せつけるためだ。全くもって噛み合っていない。実行委員長である誉の立場は間違いなく華桜会側である。綾薙祭の成功を願う気持ちは強固なもので、障害になるものは排除しなくてはならない。
 誉は閉じていた目を開く。

「14人で同じステージに立ちたいっていうきみ達の主張は理解できるよ」

 彼らの感情に共感ができないわけではないのだ。高校生という短い期間の中で出会った仲間と共に作品を作り上げる機会はこの先そうそう訪れない。ならば今やるしかないのだ。そのためなら多少の無茶くらいするし、それを押し通すだけの情熱も持ち合わせている。
 2年の目が誉に集まる。言葉の続きを待っている。

「私もね去年はチーム鳳のゲリラ公演を手伝ったし、後輩が頑張る姿は応援したいと思う。オープニングセレモニーに出場したいっていう主張も嫌いじゃない」

 少年達を一人一人見る。

「でも、うん。きみ達が仲間とステージに立って一つの作品を作りあげたいっていうのなら、こっちからも言いたいことがある」

 そこで一呼吸おく。最も主張したいことの前に間をつくるのは相手に言葉を聞かせるのに有効な手段だ。

「きみ達がカンパニー全員で舞台に立ちたいように、私は華桜会が、同級生たちがやろうとしている綾薙祭改革を成功させたい。彼らが新しい伝統を作り上げようとしているのなら一緒に手伝いたい。それって、きみ達にも理解できるでしょ?」

 あちらとこちらで目的が食い違い意見が平行線をたどるというのならばどうするのか。
それは簡単なことだ。同じ土俵に立てばいい。向こうが名誉ではなく仲間を選ぶ主張をするのであれば、こちらも同じ目線で立ちふさがる。自分も同級生という仲間のために動いているのだと、名誉だけで動いているのではないのだと伝える。
きっと、それが一番2年に効く攻撃だ。
予想通り9人の少年たちは表情を強張らせる。どこか誉の言葉に共感できる部分があったのだろう。彼らの決意を揺るがせるには至らないかもしれないが、それでも確かに何かしらの影響を与えたのは確からしい。

「今日の18時までは待ちます。……いい返事を期待してるから」



 教室を出て廊下を歩く誉の心が晴れることはない。おそらく、2年はオープニングセレモニーを諦めないことは確定と言っていい。自分の先ほどの言葉がどれほどの威力を発揮するのかは分からないが少しでも彼らを踏みとどめさせることができれば上々だろう。これ以上誉にできることはない。あとはもう本番に向けて準備を進めるだけだ。その途中で2年がまた何か行動を起こすというのならば、その時は全力で止めるだけだ。

 部室に戻る前に一度職員室へと向かい用事を済ませた誉であったが、ついでに教師から雑用を頼まれる。出来る優等生アピールをしていると仕方のないことではある。教師から信用を得ているという証でもあるので誉は笑って快く引き受けた。
 先週提出した英語のテキストの厚みはそれほどでもないが紙質のおかげで見たよりは重く、それがクラス全員分ともなるとそれなりだ。持てないほどではないが楽でもない、手伝いを頼むほどの量でもないが女子が一人で持つのは少し苦労する。そして、職員室から自分の教室までの距離は近いとは言い難い。けれどいつものことだ。文句を言うつもりなどない。
 歩いているうちに重ねたテキストが少しずれてきたので持ち直そうと腕を動かしていると横から伸びてきた手が3分の2ほどを奪い去っていった。

「毎度毎度ご苦労だな、優等生」
「流石アッキー、ナイスタイミング」

 やや呆れたように笑みを浮かべた千秋を見て誉は礼を言う。

「女子一人に持たせる量じゃねえよ」
「大丈夫大丈夫。意外といけるから」
「面倒見がいいのも考え物だぜ。お前に甘えるヤツ多すぎんだろ」
「えー? でも頼られるのって気分いいし」
「はいはい、お前はそういうヤツだったな」

 今度こそ千秋は本気で呆れたようにため息をついた。伊達に中等部時代からの付き合いではない。誉の性格をよく知る人間のうちの1人は間違いなく彼だった。高等部に上がってからというもの誉は冬沢とは距離を空けてしまったが、逆に千秋とは親しくなったと言っていい。最初は千秋が誉に気を遣っていたのだというのもあるが、お互いの性格の相性が良かったのか遠慮なくモノを言い合える関係となり、現在では双方が「悪友」と認めるに至る。

「それで、さっき2年と話してきたんだけどね」

 教室へと向かう最中に誉は千秋へと話題を振る。

「雨宮、2年の面倒まで見る必要ないだろ」
「だから前から言ってるじゃん。綾薙祭のためなの。余計なアクシデント起きて欲しくないの」
「今更お前のやること止めるつもりはねえけどな、そこまで肩肘張るなよ」

 ちらりと千秋が誉を見る。誉もそれに答えるように視線を交らせた。

「だって気合も入るよ。私は実行委員長なわけだし」
「てっきり点数稼ぎ目的でやってるのかと思ってたぜ」
「ま、それも間違いではないけど」

 誉はにやりと笑う。内申点稼ぎのために重要な役職へと就いたのは紛れもない事実だったが、だからといってそれを最終目的としたわけでもない。綾薙祭の成功のために尽力し学園に貢献したいという気持ちも真実だ。

「でもさ、単純に手伝いたいって思っちゃったから」
「そういうところあるよな、お前」

 千秋は小さく噴き出すと前を向く。そしてどこか昔を懐かしむように目を細めた。

「物分かりのいい優等生のフリしてるより今のお前の方がいいぜ」
「今も現役で優等生だけどね」
「自分で言うなよ」

 千秋が笑い、つられて誉も笑う。
中等部の頃の自分とは違うのだと今は堂々と胸を張って言える。それは自分を受け入れてくれる人がいたからだ。周囲の抱く理想的な優等生のイメージとは乖離した自分の本性を見せても肯定してくれたのは他でもない千秋とそして冬沢だった。

「やっぱり、アッキーは“イイヤツ”だね」
「褒めても何も出ないぞ」
「照れるなよー」
「照れてねえよ」

 じゃれあいのようなやり取りは気が楽でいい。自分を守るために虚勢を張る必要もないし、身構える必要もない。相手を説得するだとか言いくるめるだとかも考えなくていい。誰とでもこうできれば人間関係に悩む人などこの世からいなくなるだろうし、それはそれで味気ないのかもしれない。ただ、そういう周りにそういう人間が一人でもいれば少しは救われる気がする。

 教室にテキストを運び込み、そしていつものように広報と実行委員会としての仕事をこなす。放課後のという大して長くもない時間はそうして終わっていく。
 結局、2年からの連絡はなかった。