「明日の継承式、行くのか?」 「行かない。別に興味ないし。…復讐、とか」 「そうか」 「これ言うの二回目だけど」 「最終確認だよ」淡々と繰り広げられる私たちの会話。これが仮にも恋人同士の会話であると誰が予想しようか。それだけ私たちの付き合いというものは淡白なのだ。ボクシング雑誌をぱらぱらと捲りながら紅葉は会話を続ける。そんな眼鏡をかけていて雑誌が読めるのかは不明だが。 「正直、君が来てくれなくて安心している」 「私が行けば足手まといになるから?」 「いや、違う。寧ろ君が来てくれれば作戦の成功率は上がると思うよ」紅葉は読めていたのかさえも定かではない雑誌をテーブルの上へと置いて隣に座る私の手を握った。急になんだ。気持ち悪い。 「継承式に行けば僕たちは他のファミリーから幼稚な嫌がらせを受けるだろうからな。君に嫌な思いはさせたくないんだよ」 ああ、そういうこと。そんなこと慣れてるから別にいいんだけどね。シモンは弱小マフィア、なんて誰が言い始めたのやら。ファミリーの規模の大きさと力量は必ずしも比例するわけではないというのに。 「行くとしても別にそんなこと気にしないけど、私」 「君が嫌がらせを受けているところをもし僕が見てしまったら、ほら、あれだよ、」 なんだよ、と私が聞くと紅葉は溜め息をついてから「そいつを殺してしまうかもしれないだろ」と恐ろしいことをサラッと口にした。 「それは困るわ。これ以上シモンの評判が下がればファミリーの存続が危うくなるからね」 紅葉は少し笑って、そうだな、と言った。手は未だ握られたままである。 「まぁ、でも、ありがとう。心配してくれてたんでしょ?」 「勿論だ。結局、君のことが好きだから心配するんだと、思う」 なに顔赤くして言ってるのよ。まったく、やっぱりまだまだ紅葉は子供だ。けれど恋人にそんなことを言われるのが嫌なわけがなく、私は無意識に紅葉の手を握りかえしていた。 「紅葉の意外と優しいとこ、嫌いじゃないよ」 「意外は余計だ」 はいはいと適当に言葉を返すと急に紅葉が私の肩に頭を乗せてきたもんだから重いと言ってやれば耳元で「好きだ」と囁かれた。それ、答えになっていない。 「今日は随分と甘えん坊だね」 「明日から当分帰って来れないからな。それに、もしかしたら」 その先は聞かなくてもわかった。 「死ぬのだけは勘弁してよ」 「君を置いて死ぬわけにはいかんだろ」 あたりまえよ、とぶっきらぼうに答えると私は隣で未だ少し顔を赤くしている初な恋人に思いきり抱きついてやった。 「明日、作戦成功するといいね」 「成功させてみせるさ。君に寂しい思いはさせられないからな」 私愛されてるなーなんて自惚れたことを考えてしまったけれど、私が紅葉をすごく愛していることを紅葉も自覚しているんだからお相子。「紅葉、好き。あ、やっぱり、愛してる。帰ってこなかったら許さないから」 「わかってる。僕も#渉#のこと、愛してる」 私の背中に回された紅葉の腕の力が少し強まったのは気のせいだったかもしれない。 行かないで、なんて天の邪鬼な私には言えなかった。