俺には好きな人がいる。彼女はいつも夕方店に現れて、8時頃になると帰って行く。彼女について知っているのは水商売をしているということくらいだ。何故俺がそんなことを知ってるかというと、前に一度、少しだけ話したことがあるから。それともう一つ。彼女は実は笑顔がとても可愛い。話した時に彼女が一瞬だけ見せた笑顔がとても可愛らしくて、俺はその瞬間、恋に落ちた。だが彼女は大人だ。俺みたいなガキに好きだと言われても迷惑なだけだろうと割り切っていたから、この思いは胸にしまっておこうと思っていた。 そして今日も彼女はやってきた。いつもと同じ席に座り、いつもと同じメニューを注文した彼女は、煙草を吸いながら携帯をカチカチと触っていた。そんな姿さえ美しいな、なんて思ってしまう俺はだいぶ彼女に惚れているのだろう。あまりにも俺がぼーっとしすぎていたせいか母さんが心配して「大丈夫?」と聞いてきたから俺は慌てて「大丈夫だよ」と言った。 夜8時。彼女が帰る時間だ。俺はこの時間ほど嫌いな時間はない。勘定を済ませて店を出る彼女の背中を何度見送っただろうか。もし俺が大人だったら、かっこよく引き止めることができたかもしれない、と何度も思った。自分が子供で、引き止めることさえできない意気地なしなことがすごく悔しかった。 「980円になります」 言い慣れてしまった金額を彼女に告げるといつも通り千円札が一枚渡されると思っていた。だけど今日はいつもと違っていて、彼女から渡されたのは千円札と綺麗に折り畳まれたメモ用紙だった。 「私、君のこと気に入ってるの。良かったら今度お茶でもしましょう」彼女は俺に微笑みそう告げると、おつりも受け取らず帰ってしまった。去り際に「電話してね」と言って。 俺は今起こったことが全て夢なのではないかと思い頬をつねってみたが痛かった。夢ではないことを確認した俺は急いでドアを開け、彼女を追いかけた。彼女に渡したものは彼女が受け取りそびれた20円のおつりと、俺の思い。 急にバイオレンスな恋が来たので。