6限目の授業の終わりを告げるチャイムが鳴ると同時に俺は鞄に教科書を適当に突っ込み下駄箱へと急いだ。何故俺がこんなに急いで帰ろうとしているのかというと理由は天気にあった。朝の天気は晴れ。そして今の天気は雨。天気予報なんて見ない俺は雨が降るなんて知らなかったわけで傘なんて当然持ってきていない。風介によると夕方からひどくなるらしいので少しでもましなうちに帰ろうと俺は思った。しかし俺が下駄箱に着いた時には既に本降りになっていてびしょ濡れになりながら帰らなければならないことを考えるとかなり憂鬱な気分になった。 「あ、南雲君。今日は珍しく早いね」不意に声をかけられ声の主の方へ顔を向けるとやっぱりそこにはそいつが立っていた。そいつとは、同じクラスの相馬渉。俺が密かに好意を寄せている相手だった。「今日は部活ねぇから」
俺はぶっきらぼうに答えた。駄目だ、突然相馬に声をかけられて動揺しすぎて目を合わせられねぇ。そんな俺を横目に相馬は、雨だもんね、嫌になっちゃうよねぇ、なんて呑気に言ってやがる。 そして相馬が笑顔で「折角だから一緒に帰らない?」と言った瞬間俺は心臓が爆発するかと思った。「お、おう…」相馬と一緒に帰れる。俺はそのことに柄にもなく緊張した。「じゃあ帰ろっか。…あれ?南雲君もしかして傘ないの?」しまった。浮かれすぎて傘がないことを完全に忘れていた。傘がなければ必然的にダッシュで帰るしかない。相馬を雨の中走らせるわけにもいかないのでつまり一緒には帰れない。俺のテンションは一気に急降下した。しかし相馬は俺が頷くといつもの可愛らしい笑顔で「じゃあ私の傘入りなよ!」そう言い俺を傘の中へ引っ張った。無意識にこういうことをしてくるこいつは本当にどこまで俺を惚れさせれば気がすむのか。動揺しつつも相馬に礼を言い傘の中にお邪魔させてもらった。 近い。今の状況を一言で言い表すとこの一言に尽きる。女物の傘に二人入るにはだいぶ体を密着させなければならないので俺は今にも心臓が爆発するのではないかという状況下に置かれていた。改めて隣に並ぶと華奢な体つきしてるなとか意外と胸でかいなとか色々考えてしまい、厭らしい目で相馬を見ている俺自身に失望した。俺のそんな心境も知らず相馬は隣でこの前のテストの話や友人の話を楽しそうに話している。俺は緊張のあまり「へぇ」とか「あっそ」と素っ気なく相槌を打つしかできなかった。どのぐらい経っただろうか。俺の幸せタイムは相馬が発した一言で終わりを告げた。「私、家こっちだから。」俺に微笑みながらそう言った相馬の言葉により俺は夢のような世界から現実へと引き戻された。「お、おう。入れてくれて助かったぜ。ありがとな」そう言い傘から出ようとした時、相馬は俺の腕を掴み「南雲くんの家遠いんでしょ?私の家すぐそこだから傘貸すよ」半ば強引に俺に傘を押し付けた。その時相馬と俺の手が触れ、俺の目の前には頬を少し赤くした相馬がいた。その姿がやけに可愛らしく俺はずっと胸にしまっていた溢れんばかりのこいつへの思いをとうとう押さえきれなくなり雨の中帰ろうとする相馬の腕を掴んだ。いきなり腕を掴まれた相馬は驚いたようで、「南雲くん?」と言った。名前を呼ばれてこんなに胸がドキドキしたのは初めてだ。そして俺は勢いに任せ「俺はお前のことが好きだ!」ついに言ってしまった。俺の目の前にはさっきよりも顔を赤くし驚いた顔をした相馬がいた。「あ、えっと、ほんと…?」少し心配そうに聞いてくる相馬に俺が「こんな嘘つくわけねぇよ」と言うと相馬は少し遠慮がちに俺の背中に腕を回して「私も、好き」と言った。俺は傘を右手から離し相馬を抱きしめた。雨の冷たさと相馬の温かい体温がこれが夢ではないと俺に実感させた。