「不動が東京に転校するんだってさ」
 
風の噂で聞いたそんな話。
 
私と不動の関係は所謂幼なじみ。不動の事は昔から見てきたし不動の事なら何でも知ってるつもりだった。なのに不動が転校することを私は知らなかった。
なぜ私に言ってくれなかったのか、その事に腹が立った。幼なじみだから、そういう大事な事は本人から聞きたかった。
 
私は昼休みを知らせるチャイムが鳴ると同時に教室を飛び出し不動のクラスへと向かった。
 
「不動、あんた、転校するんだってね」
 
あ、多分今私ものすごく不細工な顔してるんだろうな、なんて思いながら目の前の不動を睨んだ。
 
「お前には関係ない事だろ。てか、何でそんなにキレてんだよ」
 
無神経な不動の言葉に私はとうとう我慢できなくなった。

「私はあんたが転校する事に怒ってるんじゃない。転校する事を私に言ってくれなかった事に怒ってるの。私たち幼なじみでしょ?なのに何でいつもあんたは大事な事をちゃんと言ってくれないの?言ってくれなきゃわからないじゃない!」

気付いたら私は思ってる事を全部口に出して、しかもボロボロ泣きながら叫んでいた。
周りは驚いた様子で私を見てる。でも一番驚いてたのは目の前の不動みたいで、私は普段こんなに感情を表に出すようなタイプの人間ではないから驚くのも無理ない。

「おい、早くその汚ぇ面どうにかしろ」
 
見かねた不動は私にハンカチを貸してくれた。
 
「…ありが、と」
 
私はハンカチを受け取ると思いっきり鼻をかんでやった。
 
「不動、」
 
「あ?」
 
「なんで、転校する事言ってくれなかったの」
 
すると不動は私から目線を逸らした。
 
「お前、泣くだろ。俺が転校するって言ったら。お前の泣きっ面なんて見たくねぇんだよ」
 
自惚れんな、なんて思ったけど多分、いや、絶対不動の言う通りだ。私はきっと不動にそんな事告げられたら泣いてしまう。
もしかしたら不動は私の気持ちに気付いてるんじゃないだろうか。
 
「あ、うん。そうだね。勿論泣くよ、私。だって不動は私の大切な幼なじみだもん」
 
"幼なじみ"。
私たちの関係はそれなのだ。それ以上でもそれ以下でもない。
 
「で、いつ転校するの?」
 
「…明日の始発で出発する予定」
 
言いにくそうに不動はまた私から目を逸らした。
 
「いくらなんでも、突然すぎるよ」
 
駄目だ。今の私じゃこの溢れ出る涙を止めることはできない。私の意思とは裏腹に涙が止まる気配はない。今頃になって気付く。自分にとって不動がどれほど大切な存在なのか。
 
「俺はもっと強くなりてぇ。だから行くんだ。強くなるために俺は東京に行く」
 
不動の瞳はこれまで見たことのないくらい真剣で、彼の中の強くなりたいという思いがどれほど大きなものなのか嫌というほど伝わってきた。
そして気付く。私には不動を引き止める事はできない。
 
「わかった。いってらっしゃい。不動が決めた事だから私は応援するよ」
 
「ありがとう」
 
彼の口からそんな言葉が出たのは初めてだった。何故だか嬉しくて。私は今、ちゃんと笑えているだろうか。涙なんて流してないだろうか。
 
「不動。これあげる」
 
私が不動に渡したのは勿忘草の絵が印刷されたしおり。祖母から大量にしおりを貰ったので不動にもあげようと学校に持ってきていたものだった。
 
不動は、お前がものくれるなんて明日は大雪だな、なんて失礼なことを言うもんだから本当に可愛げの欠片もないんだから、と言ってやった。
 
「ねぇ、勿忘草の花言葉知ってる?」
 
そしたら不動は案の定、知らねぇと言った。
 
「"私を忘れないで下さい"だよ。だから不動、東京行っても私のこと、忘れっ、ない、で…っ」
 
あぁ、涙で視界が霞む。私は何回泣けば気が済むんだ。
 
「んな事、言われなくてもわかってる。お前のことは、忘れたくても忘れられねぇよ」
 
気付けば私は不動の腕の中で、ここが教室だという事も忘れて彼の腕の中で幼子のように泣きじゃくった。
 
 

 
 
「渉、好きだ。絶対迎えに来る」
囁かれたその言葉に私はただ涙を流しながら頬を染めた。


 



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