余剰犯

※色々と注意


 ずいぶんお久しぶりですね、月永先輩。いきなり声をかけられたからびっくりしましたよ。ほら、不登校明けから卒業まで、あんまり喋ってくれなかったから、街中で偶然会って、お茶になるとは想像してなかったです。こんな寒い日に何してたんですか。作曲? あ、違うと。んー、そういえば、先輩から声をかけられたのってはじめてかも。姿を見つけるのが難しかったのはよく覚えてますけど、卒業されてからとんと見てなかったんですから。卒業後はイタリアにいた? ああ、通りで瀬名先輩からの文句が多いと思ったら……。
 あー、えっと、たまに電話かかってきて、愚痴をそれとなく話されるんですよ。たまにはきちんとしたらどうですか。余計なお世話? あはは、そうかもしれないですね。でも先輩のお世話を焼くのが、後輩の務めですから。
 今日は謝りに来た? え、いきなり何の話ですか。先輩なにも悪いことなんてしてないじゃないですか。もしかして私が知らない間に何かしたんですか? ほら例えば、勝手には名前を借りて悪さしちゃったりとか。なーんて。あるわけないですよね、先輩そういうの嫌いそうだし。え? だってほら、先輩たまに乱暴な表現は使うけど、暴力自体は好きじゃないですよね? だれにも殴ったりだとか、そんなのしたことないじゃないですか。一回だけある?
 え、ほんとですかそれ。相手は壁か何かですか。人? わ、今世紀最大のびっくりですよ、それ。先輩意外と喧嘩っ早いというか、けっこう挑発することも多いですもんね。喧嘩じゃない? 一方的? ええ、ちょっとそれは私でも引きますよ……。ごめんなさいって、私に言ってもしょうがなくないですか、それ。何言ってるんですか、私月永先輩とそんなアブノーマルなことしてないです。誰かと間違えてないですか、そもそも殴ったって、相手女の子とか救いようがないですよ。
 だから私に謝らないでくださいってば。知りませんてそんなこと。それより先輩、なにか飲みません? ここコーヒー美味しいらしいですよ。高校の時もよく飲まれてましたよね、自販機のやつ買って。よく覚えてる? そうですか? 先輩……というか、あの時のみんなの好物とかはだいたい抑えてたような。朱桜くんとか、甘いもの大好きでしたよね。元気にしてますか? そんな話より私の話? 特に話すこともないですよ、先輩の霊感を刺激できるような冒険譚とかもないです。高校の時の話? えーと、ああ、あのステージの。
 私、先輩のこと応援してるなんて宣いながら天祥院先輩の方に着いてましたもんね。先輩が舞台袖に戻ってきたとき、微笑む会長の腕をとったのは私でしたし。でも全身がばらばらに砕けたような気がしたんですよ。だって私、本当に月永先輩のこと支えたかったんですもん。
あの時言った言葉覚えてます? そうそう、「一番大事なものに気づかないひとに、その他のものまで守れるわけがない」ってやつです。若気の至りですかね、セリフが青臭くって、今だとちょっと恥ずかしいですもん。
 その意味にやっと気づいた? はあ、そうですか。でも先輩は、そのことで私を恨んでるんでしょう。それなら私も嬉しいんです。先輩、私に全部だめだったことを押し付けて、なんとか生きられていたんでしょう。あれから自分のこと、傷つけたりしてないですか? 一時期瀬名先輩から手に怪我してるって話聞いて驚きましたよ。それからもうやってない? 本当に? なら良かったです、安心しました。昔の私も喜んでるんじゃないですか。大袈裟? そうでもないですよ、先輩を慕ういちファンとしては、いつまででも笑顔でいて欲しいものですから。
 そのあと殴ったんですか? 空き教室でそのひと、先輩のこと鼻で笑ったらしょうがないですね。暴力は良くないですけど、本人も覚悟してたなら舌とかも噛んでないんでしょう、そもそも、素人こぶし貰ったって、そんなに痛くはないですからね。ええっ、そのあとセックスした? なんですかその二次元展開なお話は。
 えー、先輩けっこう悪趣味ですね。合意だったんですか? あ、ふうん……。まあ学生のときのそういうのって、割と軽率だったりしますけど。え、相手は笑ってて、先輩は泣いてたって……普通逆じゃないですか。それとも先輩が女の子に襲われたんですか。あ、違う? え、私? 別に彼氏もいないですし。何となく、怖いってイメージがあるんですけど。
 あ、先輩、コーヒーにはなにも入れない派ですか。そういえば学校の自販機のはブラックなかったですもんね。って、変な顔してどうしたんですか、苦いなら見栄張らずに砂糖とか入れて飲んだ方がいいですよ。
 なんの話でしたっけ。あ、そうだ、あとはほら、私は先輩の後輩ですけど、ファンでもありますから。なんか理想ばっかり高くなっちゃって。だから当時も先輩のこと好きでしたよ。もちろん恋愛的なほうでも。だから、先輩の二年生のときの最後のステージで、あのままだと先輩がもう粉々になっちゃう気がしてあんなふうに言ったんです。もう時効だから話しちゃいますけど。でもなんか恥ずかしいですね、自分で言い出したことですけど。
 あれで自分まで恨んじゃって、どうしようも無くなっちゃったら、悲しいじゃないですか。だからせめて私を恨んでくれればいいって思ったんです。責任転嫁したほうが、気は楽になりません? 前はなったけど今はなってない? どっちですか、それ。先輩も大概言ってること理解できないですよ。宇宙語ですか。
 どうしたら許してもらえる? また瀬名先輩に怒られでもしたんですか。私に? 許すもなにも、初めから怒ってないですよ。どうしてそんなふうに考えるんですか。妄想の中じゃないですよ、ここは。残念ながらちゃんと現実です。ふふ、先輩にこんなこと言う日が来るなんて思ってもなかったですよ、ほんとに。
 なんでそんなに震えてるんですか。「取り返しのつかないことをした」? 一体なんのことです、突然に。
 それより大丈夫ですか、顔色が優れてませんけど。ずっと外にいたんですか? アイスコーヒー注文したのは失敗だったかなあ。暖かいの頼み直します? ココアとか。あ、いらない? 先輩、身体冷えてないんですか? 羽織るものとかは……ほら、三毛縞先輩から貰ったパーカーとか。学校に戻ってきてからずっと着てたじゃないですか。寒いの苦手だって言ってましたもんね。今は寒くない? あれ、じゃあお腹でも痛いんですか。ごめんなさい、気が回らなくて。
 もう帰りましょうか、ああ、タクシー呼ぶのでそれで帰った方が安心でしょう。え? 私は良いですよ。もう少しゆっくりしてから帰りますから。そうじゃない? そうじゃないならなんなんですか? 話を聞いてって、話ならさっきからずうっと聞いているじゃないですか。やだなあもう、いつもと立場逆転してますよ。普段は先輩が作曲とかに夢中になってて、こっちの話なんて全然聞かないのに。
 それより先輩、作曲はいいんですか。ほら、学生のときは四六時中してたじゃないですか。楽譜散らかして、それをみんな拾って……みたいな。いいなあ、戻りたいって思いません? ありゃ残念。私はすごい楽しかったから、懐かしさゆえに戻りたいなーって思うことはありますけど。青春でしたよ、青い春でした。普通に恋愛して、テストの点で一喜一憂して、購買とかで争って。先輩の役に立てたし、はじめてもあげられたし、私には文句なしの時間でしたよ。あ、やっぱり先輩、手震えてるじゃないですか。無理は禁物ですよ、寒いなら寒いって言わないと。
 あらら、アイスコーヒーの氷、全部溶けちゃってますね。やっぱりなにか注文しましょうか、ねえ先輩。

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