nobody knows


 誰もいない、あるいはいたとしても各々の空間がある図書室にインプットをしようと思って訪れたら、途中で霊感が湧いて逆にアウトプットをしに来てしまった。おれが来る前からいたらしい、後輩にあたるひとつ年下の女子生徒はおれの気配に気がつくと、しゃがみ込んだまま本を吟味する視線をこちらに向けてにっこり笑った。それはどちらかと言えば、真剣なところを見られたのを恥入るような笑みだった。
「月永先輩、月永先輩」
「んんー?」
「外に瀬名先輩が……月永先輩のこと、探してるんじゃないですか」
 何分か、何十分か後になって、詩集ではなくペンを片手に紙と対話していると、いつしかみょうじは窓の方へ寄っていて、ガラスにぺたりとその手をつけて外を見ていた。あいつがまださすがに何時間というほどまでは経ってはいないはずだ。わからないけど。
 瀬名先輩が、と言った時の声が、嬉しさと幸せが混じりあってどろどろに溶けそうなことを、本人は自覚しているのだろうか。
 みょうじはセナが好きなんだと思う。憶測でしかないし、それは妄想にも近しいのだけど、そうなんじゃないかと考えたことがある。おれには駆け寄ったりしないし、向ける声も顔も溶けてはいないし、恋しいけど苦しそうな目というもので見られたことはない。おれが察しているのだから、周りの人間もまた、だいたいは悟っているであろう。
 じっと外を見ているみょうじの方へと顔を上げ、明るい色で満ちた横顔を見てから、図書室の隅の仄暗い方へと目を逸らした。埃を被って、誰の手にも取られない、読んでくれるのをずっと待っている書架たち。ふふ、と彼女の笑い声が鼓膜を揺らす。セナが誰かを追いかけでもしているのかもしれない。
「……先輩って、好きな人いますか?」
 作曲していたからと、先輩というのがおれかセナかどっちのことを指しているのか迷って、返事が遅れた。あー、と、声を伸ばしつつロディーのことしか頭にない。ちゃんと考えてなかったのが分かったのか、みょうじはこっちを振り返り、月永先輩のことですよ、と目を瞬かせた。……すきなひと。聞かれても正直困る。これで音楽家の名を口にしたところで、彼女はあっさりそのまま受け取りそうで怖い。おれより予測不可能なのだ、こいつは。
「セナの好きな人なんて、おれ知らないぞ」
「やだな、瀬名先輩の話じゃないですってば」
「隠す気のない下心が見え見えで言われてもな」
「え、私そんなにわかりやすいですか?」
 初めて知った、みたいな顔つきになって、目なんて本当にまん丸だから少しおかしくなってしまった。笑いを殺しながら逆に問いかける。
「聞いてどうするんだよ、そんなの」
「今後の参考にしようかと」
 どこまで冗談かわからないことをうそぶきながら、窓から離れたみょうじはおれの前にしゃがみ込んで「もうすぐ卒業ですね」と言った。憂鬱なのか、寂しいのか、そっと目を伏せている。ああそうか、卒業か。返礼祭も近い。考えることは山積みだ。それまでわりと整っていた頭の中が、急にごちゃごちゃしはじめた。
「セナに告白とかしないのか?」
「しませんよ、別に。先輩のことは好きですけど」
 学ランだったらボタンくらいは貰っていたかもしれないです。なかなかにしたたかなことを言ってにっこりしたみょうじは、本格的に座っておれの書き途中の楽譜を手に取って、音階を目で追った。らしくもなく失恋の歌なんて作っていたから、読むのを阻止しようと手を伸ばす。しかし次のこいつの一言で思考も恥ずかしさも、意地も建前も何もかもぜんぶ吹っ飛んだ。
「でも第二ボタンをもらうなら、月永先輩がいいなあ」
「……は」
 自分史上最高に怪訝な声が出た。みょうじはセナが好きなんだと思う。だけど。
 だけど、その言葉に倣って今ここで唇を奪ったら、みょうじはおれを叱るだろうか。

190414
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