唇に惹かれて
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───東堂と梨央───
『ただいま〜』
高校を卒業後、遥とゆいはそれぞれ新開と荒北と同じ大学に通う事になり 私はたまたま街でスカウトされた読者モデルの仕事をし始め、最近は化粧品とかのPRモデルとかで撮影の毎日を送っている
今日も夜遅くまで撮影があり、やっと帰ってきた
「梨央!無事に帰ってきたのだな!」
おかえり! と言いながら腕を拡げ、キラキラと目を輝かせながら玄関で待ち構えているのは、高校卒業と同時に同棲し始め さらには私と同じ様にモデルであり恋人である東堂尽八
私はまた ただいま と言いながら尽八に抱き着き、尽八は私をしっかりと自分の腕に閉じ込めた
『無駄に元気ね、尽八も撮影だったはずなのに…疲れてないの?』
「確かに俺も撮影で疲れていないと言えば嘘になるな
…だが、梨央の顔を見て抱き締めたら 疲れなんて吹き飛んでしまうのだよ」
いつもより優しい口調の尽八に少しドキリとしたが、いつものように そう と返事をした
『尽八、お腹空いた』
「そうかそうか!
今日は梨央の好きな鰆の味噌焼きを用意したからな!」
尽八の作ってくれた晩御飯にうきうきしながら私達はリビングに向かった
「梨央、こんな色の口紅なんて持っていたのか?」
ご飯を食べて、お風呂から出てきて尽八に言われた第一声がこれだった
聞いてきた尽八はソファーに座りながら、ソファー前のローテーブルに置いていた物を持って見ていた
『それはクレヨン型の色付きリップグロスよ
新商品で、今日はそのリップグロスの撮影だったの』
バスタオルを首にかけながら尽八の隣に座れば またではないか! と言われ、私は尽八の方を見た
「また髪を乾かしてないではないか!
すぐに乾かさないと、体温が奪われてしまうから風邪を引きやすくなるとあれほどっ…ちょっと待っていろ!」
そう言いながら急いでリビングから出て 洗面所の方へと走っていく尽八
まあ、いつもの事だから私は尽八の向かった方向を見ていた
そしてドライヤーとブラシを持って洗面所から出てきてリビングに入り、ソファー近くのコンセントにドライヤーの線を差して 私の隣に座った
「ほら、後ろを向くのだ」
『はーい』
尽八に背を向けるようにソファーの上で体育座りをする
それと同時に首にかけていた湿ったバスタオルは取られ、温風が後頭部に当てられた
毎日の様に尽八は私の髪を乾かす
これが当たり前のようになってきている
「ったく…、面倒くさがってはならんぞ?」
『んー?…だって 尽八に髪を乾かしてもらうのが好きだから』
さっきまで梳かしていたブラシが止まり、振り返ろうとすれば無理矢理前に向けさせられた
どうしたのかしら?
「…梨央にそう言われたら、何も言えないではないか」
『なんか言った?』
「…いや、何でもない」
尽八が何か言ってた気がするんだけど、ドライヤーの音がうるさくて何も聞こえなかったから聞き返したのに やんわりと否定された
でも尽八はなんか上機嫌にドライヤーとブラシを使って私の髪を乾かしていく
「そういえば話が途中だったな
そのリップグロスは新商品で、撮影終わりに先に頂いたという事か?」
尽八の言葉に うん と言いながら頷く
そして髪を乾かしてもらっているのも関わらず、ローテーブルに置いていたリップグロスを手に取り 蓋を外して見せた
「かなり色が濃い様だが…」
『このリップグロス、“塗った瞬間、キスしたくなる唇へ”っていうキャッチコピーがあるのよ
あとそれぞれの色にも、恋にまつわる名前が付いてるの』
「ほぉ…、では梨央がもらったその色は何と言う名前なのだ?」
私の髪を乾かし終えた尽八はドライヤーの電源を切り、ローテーブルにドライヤーとブラシを置く音が聞こえた
『確か、ビビッドピンクで“恋わずらい”って名前だったわ』
そう言った瞬間、後ろから抱き締められたかと思えば そのまま抱き寄せられた
そして頭上を見上げれば、期待の眼差しで私を見る尽八
「そのリップグロスを付けた梨央を見」
『お風呂入ったから嫌よ』
尽八が言い切る前に否定すれば、渡られた尽八はむぅっと頬を膨らませながら私を見てくる
そんな尽八を無視して腕の中から抜け出し、バスタオルとローテーブルに置いたドライヤーとブラシを持って洗面所へと向かった
バスタオルは洗濯機に入れ、ドライヤーとブラシを元の位置に置き 尽八の居るリビングへと戻る
「梨央!どうだ?なかなか似合っているとは思わんかね!」
『…なんであんたが付けてるのよ』
数分しか経ってない間に尽八が鏡を見ながらリップグロスを塗っていた
本人はカチューシャを外して前髪を下ろしながら鏡を見ている、しかもウキウキしながら
『……ふーん』
そのまま尽八の隣に座り、尽八の腕をツンツンとつつく
「うむ、どうしっ…!」
尽八が話す前に、その唇を私自身の唇で塞いだ
啄む様にキスをする
少しだけ目を開けて尽八を見れば、驚いた顔をする尽八だったけど その表情は何かを企んだ目をした
その瞬間、尽八は私をソファーに押し倒して深いとこまで口付けをしてくる
目を閉じて尽八を受け止める
『ふっ…ん……っん…』
「ん……ちゅっ…ふっ……ん…」
やばい…、頭がクラクラしてくる…
酸素が足りなくなってるのもあるし 何より尽八だからかも知れない
私は閉じていた目を少しだけゆっくり開けて尽八を見れば、嬉しそうに私を見ながら唇から離れる尽八
そして私を見下ろしながら囁く様に話す
「……っはぁ…梨央からキスしてくれるとはな
…どうやらこのリップグロス、キスしたくなるというのは本当らしいな」
『…っそれで、なんで尽八が私の上に覆い被さっているのよ』
「ん…?これからもっと梨央にキスするからに決まっているではないか
その続きも……な?」
男の顔で私を見る尽八がかっこよく見えたことは言わず、私を求めて顔を近付ける尽八の体に腕をまわして静かに目を閉じた
《まえ|つぎ》