▼ 春の幼虫みたいに柔らかで

靴の裏と雪が擦れる音が、俺の鼓膜を絶え間なく揺する。サクサク、キュッキュッ。冬の季節にしか聞くことの出来ないこの音だが、俺はそこまで好きではない。この音が頭の中で響けば響くほどに、寒さが増す気がするのだ。頭の中で生成された寒さが体内を廻れば、喉の奥がキュッと絞まるような寒さを感じる。体感温度が低いのは当たり前だが、体内温度までもが低くなる。それはすべてこの音のおかげさまである。

「英くん!」

サクサク、キュッキュッ。俺の苦手な音を立てながら、名前が俺の元へ走ってくる。降りしきる雪の中、俺に手を振りながら、笑顔で。苦手な音を連れ添って来ているはずなのに、嫌悪感が心を支配しないのは惚れた弱みか。

「どうしたの」
「あのね、今からやること、絶対に目を逸らさないで見てほしいんだ!」

普段は名前のことを見下ろす形を取っているのに、今は違う。俺がしゃがんでいて、名前が立っているから、普段と逆の絵になっている。首を上げて見る名前は、どうしてだろう、何故か大人っぽく見える。空から落ちてくる雪が、大人っぽさを加速させる。そんな名前を見ていたら、胸の奥がキリリと痛んだ。

「はいはい」
「絶対だからね!?」
「分かってるよ」

微かな痛みを無視していつものように返事をすれば、名前が先ほどまで居た場所に戻っていく。俺は、思わず立ち上がってしまった。そして同時に気が付いてしまった。先ほど胸の奥に生まれた感情の正体に。

「待っててねーまだだからー」

俺はきっと、怖いと思ったんだと思う。

「んー来ないなー」

雪の中で笑う名前が可愛くて、綺麗で、美しくて。でも同時に、俺の手の届かないところに行ってしまいそうな気がして。そんなことあるわけないのに、名前との間に物理的に距離が生まれたことが不安を呼び込んだ。雪の中に溶けてしまうんじゃないか。雪の中に消えてしまうんじゃないか。そんなことを、思ってしまったのだ。

「あ!」

名前の声が響く。それとほぼ同時に、風が吹いた。凍てつく冷たさを持った風が、頬を撫でた。キュッと一瞬目を瞑って開いた瞬間、

「あーきらくん!」

目の前に広がる光景に、思わず息を呑んだ。

「見て!綺麗でしょ!」

降りしきる雪の中に混じって、何処から出てきたのだろう、色鮮やかな花が宙を舞っていた。風に乗ってふわりふわりと花が舞い踊る。白い雪と鮮やかな花が目を見張るほどのコントラストを奏でる。

「これ、ドライフラワーなの!」

そう言う名前が今までにない最高の笑顔を見せるもんだから、心臓が跳ねる。ついでに心に渦巻いていた不安とか恐怖が馬鹿らしく思えてきた。俺は白い雪に落ちていく花を見ながら、名前の元に歩いて行く。また風が吹く。俺はにこにこと笑う名前を、ぐっと引き寄せる。ドライフラワーの舞い踊る音と雪の音が、ほんのりと鼓膜を掠めた。

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