▼ 君の声しか聞こえない

一月十八日、土曜日。家から出るんじゃなかった、と後悔しながら、私はクロと一緒に近所のスーパーへの道を歩いている。

「さむい…さむい…下にもっといっぱい着込めばよかった…」
「来るんじゃなかった…研磨とゲームしてりゃあよかった…」

互いに歯をがちがち鳴らしながら、私とクロは歩く。私はコートにマフラー、耳あて、手袋と完全防寒だけれどそれでもまだ寒い。防寒具がコートだけのクロは私よりもっともっと寒いだろう。いつもは遠く感じないのに、スーパーが異様に遠く感じる。

私とクロと研磨は年も近く仲が良く、家族ぐるみのお付き合いをしている。今日の夜は苗字家、黒尾家、孤爪家が集まっての鍋パーティーなのだ。朝からクロと研磨とぐだぐだしていたところ、買い出しのおつかいを言い渡された。もちろん、最初はめんどうくさいと断った。けれど、1万円札をちらつかせながらの、「お釣りで好きなもの買ってもいいから」という一言で、私とクロはおつかいを了承した。だって、1万円だ。3家族分のお鍋の材料や飲み物を買っても、それなりの金額があまる。なんでも買っていいと言われたら、おつかいくらい行ってやるよ!と思ったのだ。研磨だけは、「寒いから絶対に行かない」と言い張った。それが正解だった。間違いなく、その選択肢が正解だった。

「そういえば、関東は凍てつくような寒さで明日は雪が降るかもしれませんね!なんて、朝、天気予報で言ってたっけな」
「なんでそれをおつかいを言い渡された時に思い出してくれなかったの」
「1万円に目が眩んだんだ、お前もだろ」

否定は出来ない。単純な私たちをあざ笑うかのように、ひゅおおお、と音を立てて冷たく強い風が吹く。ぶるるっと体が震える。私よりも大きく震えたクロが、隣で「お前それマフラーか耳あて貸せよ」と言う。そんなの御免だ、と言いたいところではあったけれど、バレー部主将に風邪でも引かせたら大変だし、機嫌を損ねて俺はこれで帰る、とか言われたらどうしようもないので耳あてを貸してあげることにした。音駒カラーでもある赤色の耳あてはクロにもよく似合っていた。クロは私が貸した耳あてにご満悦の様子で、「あったけえ」と言いながら耳あてを押さえていた。その仕草がちょっとだけ、可愛らしい。

「関東でこれだけ寒いなら、東北地方とか、北海道はもっと寒いんだろうね。雪も積もってるだろうし」
「これより寒いとか考えたくないな。雪とか無理だ」
「そうだね…でも明日は関東も雪なんでしょ…」
「お前…思い出させるなよ…体感温度下がった気になるだろ…」

クロの言葉に合わせるかのように、また風が吹いた。その冷たい風から逃れるように、慌ててマフラーを口のあたりまで持ってくる。耳あてがなくなるとすごく寒く感じる。寒いせいか、歩いている人もそれほど多くはない。ぽつぽつと見かけるくらいだ。まだ午前十一時なのに。お昼前だから、出歩いている人も多そうな時間帯なのに。こうしてるとまるでこの世にクロとふたりきりになったようだ。

「静かだなー」
「そうだね。天気悪いからかな、あんまり人もいないよね」
「だな。…風の音と、名前の声しか聞こえないな。世界にお前とふたりきりになった気分」
「……わ、わークロってば詩人ー」
「馬鹿にしてるだろ、なんだその棒読み」

クロはそう言って呆れたみたいに、はあ、と息を吐く。冷たい空気に融けていくその白い息が、なんだかとても綺麗だった。別に、馬鹿になんてしていない。クロも同じこと考えてたんだなあと思って、くすぐったい気持ちになっただけだ。恥ずかしくて、ついつい棒読みになってしまっただけだ。寒いからおつかいなんて断ればよかったと思ったけど、断った方が正解だと思ったけど、クロとこんな風に歩いていられるのなら、おつかいに来て良かったかもしれない。

「ねえクロ、余ったお金で何買う?」
「ものすごく寒いので僕はマフラーを買います」
「えっ」

茶化したような口調でそう言いながら、クロは笑う。目的のスーパーまではあと少し。

「帰りにちょっと遠回りして、肉まんでも買って帰るか。俺のと、名前のと、研磨の」
「あ、それいいね。私ちょっとお高い肉まんがいいな」

冬の空に、私たちの声だけが響く。一月十八日、土曜日。おつかいもたまには悪くないかもしれないな、なんて思いながら、私はクロに笑い掛けた。

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