お題1 | ナノ


▼ むすんでひらいて

雨の匂いをかいだ気がした。ちょろちょろと手にした良くある象のジョウロから水が溢れて、土の色を変えていく。光に照らされて、蕾の上で煌く雫に頬が緩んだ。不意に暗くなった空を仰げば、分厚い雲の隙間から太陽が出てきた。突き刺さる光に目を細め、緩和しようと手をかざした。
何日たったのだろうか。
胸に過ぎった思いに、足元を見る。植木鉢から吸いきれなかった水が流れ出て、足元まで届きそうだ。じんわりと染み渡るそれに虚しくなる。自然と思い出すのは見開かれ揺れて、悲しげに伏せられた金色の、瞳で。私はバカだった。とんでもないバカだ。言っていいことと言ってはいけないことの分別が付かず、感情のままに、彼を傷つけてしまったのだ。

「よー、名前ちゃん、久しぶりじゃん」
「あ、こんにちは」

影がさした渡り廊下にトサカの先輩がニヒルに笑いながら手を振っていた。体育館に向かう途中なのだろう。早く着替えられるようにネクタイは緩められてボタンが何個か空いている。担任が細かい人でHRが終わるのはいつだって最後だ。早く終わっていいななんて考えて笑った。


「名前ちゃん、明日花火見に行くの?」
「……どうしようかなって、」
「まーあいつ人混みきらいだしなあ」

そういって大きな手で頭をガリガリと書いて、一瞬気遣うような瞳を私に向けた。それに気づかないほど私はバカじゃないので眉を下げることしかできない。聡いこの人のことだからきっと気づいているのだろう

「でもどうせ、雨が降るみたいですし」
「折角最後なのにな」

それは、なんの最後を指しているのだろうか。普通に捉えるなら、明日がこの夏を締めくくる花火のことなのか。それとも、私達の終わりを指しているのか。真意を理解しようと大分高いところにある目を見ようと顔を上げて、私は息を呑んだ。

本当にそれでいいの?

その目はそう問いかけているようだった。そうやって私を責めるような瞳だった。でもその瞳は直ぐに失せて、ゆるりと弧を描く。先ほどの顔を思い出して顔を伏せた私に頑張れよという言葉と暖かい手が降ってくる。彼は足の長さに比例する速さで歩いて行ってしまって、角を曲がって見えなくなってしまった。暫くぼーっとそれを見送ってから、撫でられた箇所を触る。励ましてくれたのだろうか。どうしようもなく優しくて気遣いのできる頭のいい先輩。じんわりとそこから広がる暖かさに頬を緩めた。自分の教室がある階を見上げる。そこにいる背中を向けた金髪に、心を決める。そう大丈夫。SHRが終わったら話に行こう。このどうしようもなく拗れた関係を、喧嘩を終わらせようと足を踏み出した。

○*・○*・○*・

だらだらと意味のない担任の話がやっと終わって室長が号令の響く。緊張して震える体を叱咤して、その机を見ればその金色の瞳とかちあった。ドキリとして、体が固まって動くことができずに、見つめあった。いつもなら直ぐ逸らされる瞳が私を捕らえて離さない。
不意に、彼の視線が横にそれた。私は一番廊下に近い列の真ん中にいる。見るのだとしたら必然とドアになる。研磨の視線を追えば走り去る背中が見えた。後ろからでも良くわかるモヒカンくん。部活に走っているのだろう。そこでハッとした。研磨は行かなくて良いのだろうか。何かを迷うようにゆっくりとカバンに教科書を入れて、意味もなく机を覗くのを繰り返している。いつも挨拶前に準備をしている彼にしては珍しい光景だった。

「け、研磨」

無視されるだろうか、聞こえないふりをされるだろうか、不安になって時間がゆっくり過ぎていく。チャンスは今だと。これを逃したらも無理だと、そう思ったのだ。一瞬だったのか何秒かたったのかわからないくらい時間が長く感じる。ピタリと動きを止めた彼は酷くゆっくりと顔をあげた。この距離がもどかしくて、震える体を引きずって近づく。研磨は、逃げなかった。私をただ見ていた。口が重くて開くのを拒んでいる。息をついて私は口を開いた。

「あのね、研磨、この間のことごめんね」
「さっきクロと何してたの?」
「えっ……?」

全然違うことを言われて頭のことが真っ白になった。話をはぐらかしているわけではないのは真っ直ぐな目が証明していた。黒尾先輩のこと、さっきの話だ。窓際にいたのだか、見ていたのだろう。

「明日の、花火大会の話をしてたの」
「……行きたいの?」
「いや、そうじゃないけど」

花火大会に行きたいか行きたくないかって聞かれてもどちらとも言えない。隣に歩く人次第なのだ。それが研磨ならばいいなあとはおもうけれど。研磨が楽しんでくれて、研磨と一緒の気持ちを共有できるのならなんでもいいんだ。
そんなことを考えていたら頭に手が載せられていた。遠慮がちに動くその手は心地が良い。

「そんなことよりも、謝りたくて」
「ううん……それは俺も悪いからごめん」

緩く微笑むその姿に心が奪われる。そうして時計に目を向けてあ、という顔をした。なにかもごもごしていたあと、カバンを背負った彼に私は身を引いた。

「好きだよ」

その一言が、私達しかいない教室に響き渡る。研磨はそのまま出て行ってしまって顔は見ることはできなかったがきっと真っ赤になってるんだろうなと思った。だって私の顔がこんなに熱いのだから。

夜、明日家から花火見えるから泊まりにこないかというメールを受け取ったのはまた別の話。



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