02 | ナノ


ちゃんとした話をしたわけではないのにあの日のことを思い返しては笑顔になっちゃう私は、きっと単純な人間です。
思うに、私は彼を憧れていました。それは彼がみんなの人気者で、つまりは話上手の盛り上げ上手、誰に対しても別け隔てない優しい態度で接するから、です。要するに彼はきらきら光っているんです。慣れない光彩に照らされ私は縮こまってしまいます。言い換えるなら、私はある種の苦手意識を抱いていたのです。

私の昼休みは相も変わらずひっそりとした体育館裏で過ごします。ただ、1つ困ったことがあります。日課である食後の読書に集中出来なくなりました。原因はもちろん体育館の喧騒です。今までは完全なるBGMであったそれも、気になり出したら読書の妨げになるほど。そこに彼の存在が関与しているのは言うまでもないことです。


「黄瀬くーんナイスシュー!」


女の子たちが声を揃えて黄瀬くんにエールを送ります。するときゃー!と今度は黄色い歓声が上がりました。きっと黄瀬くんが女の子たちに手でも振ったんだろうと思います。ただの練習のときにも黄瀬くんの応援をしに行く、というよりも見に行く人がいるという事実は、改めて彼の人気を思い知らされた気分です。
体育館とここでは、完全に別の空間です。誰も私には気が付かないのです。まあ、それでいいけれど。気を取り直して本を開けばみるみるうちに没頭してしまい、いつものごとく予鈴で我に返ります。割り切ってしまえば簡単なことなのです。分かっていながらそちらの空間を望む私は、愚かしいのでしょうか。


「……あ」


ぼーっと呆けていたら、本の栞が風に乗って飛んでいってしまいました。やってしまった。手早く荷物をまとめて栞を追いかけ、手を伸ばす、も、再びぴゅうと風が吹きました。またも逃げる栞。こう、さすがにいらっときます。


「ああー、もう!」


癇癪を起こしながら間を詰め栞を取ろうとすると、すいと別の手が伸びてきました。手を追って視線を上へ上へとやると、そこにはあの、水面の人。


「そんな怒ることないっすよ」


クスクス笑いながらはい、と手渡されるものだから気恥ずかしくて俯きながら受け取ることしか出来ません。小声でありがとうと呟けば、いえいえと返されます。こんなに近くに黄瀬くんを感じることは初めてのことです。何となく、落ち着かなくて手遊び。


「さー教室戻りましょ」
「……え?ちょ、あの」


知ってたんですか、私のこと。同じクラスって気付いていたんですか。


「あれ?次って移動教室っすか?」
「ううん、違うよ」


じゃあ早く行くっすよー。やんわり笑いながら前を歩く黄瀬くんに、私まで笑みが零れます。まるで歩幅を合わせるようにゆっくりと歩く黄瀬くんに、やっぱり彼はきらきら輝いているなあと再認識しました。体育館裏から教室まで、ほんの数分の時間を共有する。それだけのことがとても特別なことと思えました。

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