01 | ナノ

私は深海魚。深い深い海のいちばん底で、誰にも気付かれないくらい静かに、ぷくぷくと呼吸しています。私は水面を夢見ていました。透明にきらきら輝く、眩しい水面に出てみたいとずっと思っていました。だけれど私は深海魚。仲良しは風やお日様じゃなくて、砂利。今日も冷たい海の奥底で、遠くの水面を夢見ます。



お昼休みの喧騒は私とは無関係の別世界です。私は有り難くも親が毎日お弁当と水筒を準備してくれているので、購買や食堂に出向くことはほとんどありません。私は授業終了でもあり昼休み開始でもあるチャイムが鳴ると同時に、小さなバッグを持って席を立ちます。向かうは体育館裏のちょっとした水路の隣、大きな木の下に設置されたベンチです。ここはあまり人に知られていない、けれどとても落ち着く私のお気に入りの場所です。私はお昼休み、ここで昼食を摂って本を読んで過ごします。体育館から聞こえる声や音は、程よく聴覚を刺激して読書に集中することができるのです。
そんなわけで私は、予鈴が鳴ることで現実世界に引き戻されます。本に栞を挟み、残りのページ数を確認すると明日で読みきれそうだなと思いました。私の集中力は並みではないとほんの少し自負しています。


「……ボール」


その集中力のせいでベンチのすぐ傍にバスケットボールが落ちていることに全く気が付きませんでした。本を手提げバッグに仕舞い、ボールを手に取ったその時です。


「おーい、そのボール、こっち!」


声のする方を向けば、長身のスタイルの良い金髪がこちらに手を振っています。もしかしなくても同じクラスの黄瀬くんです。私は思わず固唾を飲みました。黄瀬くんと言ったら、学校の有名人です。きらきら眩しい、水面の人です。
ボールを黄瀬くんに投げてあげなきゃいけないことくらい分かっています。けれど私はそうしてあげられません。情けないことに、体が固まって動かないのです。


「(彼に不審に思われる!)」


頭では理解しています。けれど肩も腕もボールを投げようとはしてくれません。黄瀬くんはいよいよ頭を傾げてこちらに歩み出してしまいました。黄瀬くんが来る!どうしよう!
パニック状態の自分を制御することは、私には難易度の高いことでした。気付けば私はボールを手放していました。黄瀬くんから大分逸れた方向です。


「うわあ、あの、ごめんなさい!」
「っはは、いいっすよ。ありがとう」


黄瀬くんはそれでも笑ってお礼を言ってくれました。優しい人なんだなあ。ほんの数分の出来事に、頬が緩んでいくのを感じます。
黄瀬くん。確か名前は、涼太。黄瀬涼太くん。たくさんの光を集めて輝く、水面の人。深海魚の私は、瞠目してしまうくらい眩しいけれど。ほんのちょっと、近付いてみたいなあと思うのでした。

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