06 | ナノ

私が行きたいでも行って何をすると頭を悩ませたって、その日は瞬く間にやってきました。家を出る前に何度も髪型と服装と化粧のチェックをしていたら出発時刻を少し過ぎてしまい、駆け足で時計台へと急ぎます。これでは折角見直しをしたのに意味がありません。黄瀬くんよりも早く着けば手鏡で再度見直しをできたのに、前方に見える時計台の下にいる長身は彼に違いないのです。


「ごめん、待った?」
「時間ぴったりっすよ。そんな走ってこなくていいのに」


黄瀬くんは私の乱れた髪を直してくれて、走ったことと合わせて心拍数が上昇します。こんなんで今日1日、やっていけるのでしょうか。

動きやすい服装で、と事前にメールで知らされていて、どこに行くんだろうと思っていたら到着したそこはあらゆるスポーツやゲームができるレジャー施設でした。初めて来た私に黄瀬くんは一歩リードするように丁寧に教えてくれて、けれどやっぱりバッティングでも、アーチェリーでも、卓球でも彼には敵いません。バスケなんてもっての外です。決して運動神経がいいとは言えない私とバスケをして、全中優勝を果たした彼は楽しいのでしょうか。疑問に思った直後、黄瀬くんは私の方を向いて笑顔を見せました。心の中、読めるんじゃないかな、この人。思わず私まで笑顔になってボールを追いかけます。黄瀬くんの笑顔は見る人まで笑顔にしてしまう、魔法の笑顔です。黄瀬くんは、やっぱりきらきら輝いているのです。




「初めて話した日のこと、覚えてるっすか?」


休憩のため屋外に備え付けられたベンチに二人で腰掛けました。体を動かす場所とは少し距離があって、周囲に人影はありません。
楽しかったね、黄瀬くんはやっぱりすごいね、と一言二言言葉を交わし、生まれた少しの間の後、それまでと違う声色で黄瀬くんはそう問いかけてきました。


「あのときは変な方向にボール投げちゃってごめんね」
「いや、全然!……実はあれなんすけど」

「わざとなんすよ。俺がわざと、外にボール出したんす」


え、それって。何となく意味を掴めた私は彼の顔を見ていられなくなり俯きます。恥ずかしさと後ろめたさからです。黄瀬くんは黙っていたことを話してくれたのに、私は。


「実は俺、前から昼休みになると体育館裏のベンチに来るって知ってたんすよ。俺の周りの子って言ったら集団できゃいきゃい騒ぐ子が多くて、だからどんな子なのかなって思って」


黄瀬くんの声はどこまでも穏やかでゆっくりで、きっと私を気遣ってのことです。優しいなあ、黄瀬くんに嘘、つきたくないなあ。きゅっと手を強く結んで自分を奮い立たせます。私も、言わなきゃ。


「……私、黄瀬くんに嘘を吐いてた」
「え…なんすか、いきなり」
「先週誘ってくれた試合の日、風邪なんかじゃなかったの。黄瀬くんと女の子が仲良さそうに話してるの見ちゃって、なんか、行きにくくなっちゃって」


もしかして彼女かな、て思って。ごにょごにょと語尾を濁らせながら言えば、黄瀬くんからの返事はきませんでした。恐る恐る隣の彼を見ると、驚いたような目と目があって、そうして彼は弾けるように笑い出しました。


「もしかして、黒髪ロングの背高めの人っすか?」
「うん、そうだけど」
「あれ、俺のいとこっす」
「……え!」


確かに言われてみればつり目がちなクールビューティーというやつで黄瀬くんに似てなくもないかも、いやだからっていとこなんて思い付きません!


「なあんか最近驚いた顔ばっかり見るっすね」
「だって、それは、黄瀬くんのせいだよ!」
「脈アリって思っても、いーんすか?」


黄瀬くんの指が私の指にちょこんと、ただ微かに触れただけなのに、私の体はびくんと大袈裟なまでに反応してしまいまたもや彼に笑われるのです。指先から黄瀬くんのきらきらが伝わって、私まで彼と同じ景色が見られるような気さえします。触れているところだけ熱を持って汗をかいてしまいそうなくらい緊張しているのに、私はそろりと黄瀬くんの指を2本だけ握ります。え、と彼の口から声が漏れて、いたずらに微笑めば彼の頬に赤が差した気が、しなくも、ない。自分から行動を起こしたくせに照れてしまって私まで赤面すると、黄瀬くんがいとこの女の子に向けた特別な笑顔を私に向けてくれました。嬉しさから私まで笑みが溢れて、二人して声を出して笑いました。

ああ、これからは彼と同じ景色を見ながら歩んでいけるのだろうと思うのです。

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