05 | ナノ

朝目覚めて、これ程までに学校に行きたくないなあと思ったことはありませんでした。心の中で勝手に黄瀬くんの顔を思い浮かべては気が重くなります。なんでとかどうしてとか、言われるのかな。嘘つきはちょっと傷付くけれど本当のことだ。それより何も言われずこの関係が薄れていくのはどうだろう。そもそもそれが今まで通りの日常なんじゃないかな。思い至って、少し胸を痛めている自分が滑稽で仕方ありませんでした。




「昨日の試合、見に来てくれたっすか?」


ぐるぐる思い悩んでいた私に、黄瀬くんは剛速球ストレートを食らわせました。しかも昼休みが始まってすぐ、私がいつものベンチに腰をおろした途端に彼はやって来たのです。食べ始めようとしたお弁当箱の蓋を閉め、膝の上に置きます。隣の黄瀬くんの顔は見れません。喉につっかえている言葉は「ごめんね」。分かっているのに声に出せない私は、臆病者である以前に偽善者なのかもしれません。


「俺、頑張って探したんすけど。見付けられなかったっすか?」


黄瀬くん、ごめんね。私試合観に行ってないの。そんな言葉を飲み込ませる彼の心配そうな表情。いっそう私の卑怯な気持ちを擽って、罪悪感を誘います。絶対って約束をしたのに。黄瀬くんを裏切りたかったわけじゃないのに。
沈黙を肯定と捉えただろう優しい黄瀬くんは私を責めるんじゃなくって私を誘った自分自身を責めるのです。重たい空気が私にのし掛かります。黄瀬くんが気負うことないの。悪いのは私だよ。心の声が届かないことなんて百も承知で、そうして彼の負担を取り除くため私はまた嫌な人になるのです。


「実は風邪ひいてて、行けなかったんだ」
「そーなんすか?もう大丈夫?」


心配そうな顔をしないで。私は呼吸もしにくいくらいに苦しくなってしまうから。一晩寝たらよくなったと言えば、彼はほっとしたように笑顔を溢しました。久しぶりに見た笑顔に少しの安堵とそれを多い被すほどの罪悪感と複雑な気持ち。


「じゃあ今週の日曜は空いてるっすか?」
「大丈夫、だけど」
「デートしましょ」


黄瀬くんの口から出た単語に驚いて目を丸くして彼を見れば、にこにことってもいい笑顔。デートじゃ全く埋め合わせにならないなんて言う資格は、私にはないのです。それにしたって、黄瀬くんは何を考えているのだろう。私はあなたに嘘を吐いたんだよ。心の声は、彼には届きません。


「今度は来れなくなったらここにメールしてほしいっす」


手渡された紙にはメールアドレスと思しき文字の羅列…え、メールアドレス?私の様子を見て黄瀬くんはおかしそうに笑って、「日曜午後1時に駅の時計台で」と言い残し去っていきました。私の心は黄瀬くんに掻き回されっぱなしです。私の勝手すぎる気持ちで試合を観に行かなかったのに、それで今度はデートだなんて、とんでもなく贅沢な話に違いないのですが。あの女の子の顔が脳裏に浮かびましたが、デートのお誘いとメールアドレスには敵いません。
ただ、純粋な彼に嘘を吐いたことで残ったしこりは、ちくちくと私の良心を苛めました。この短い時間でいろいろなことが起こりすぎて、とりあえず、昼食のお弁当を食べきれる自信がありません。

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