黒子ショート | ナノ


 黄瀬涼太という男は、誰に対しても綺麗に笑う。感情のこもっていないような貼り付けの笑顔で、みんなに平等に応える。中学の頃からモデルを続けていることが理由に違いないのだが、いかんせんそれは高校1年生らしくないと、クラスの女子たちが彼を話題に盛り上がっているのを聞くたびに思うのだった。


「デルモとかさー、どうなの?」
「あんま黄瀬くんとファンを刺激するようなこと言うんじゃないよ」
「非現実だよね、世界が違うと言うか」
「いまあんたの目の前を非現実が通過したよ」


 言われて己の爪を見ていた顔を上げると、教室の廊下側についている窓から目立つ黄色が大きな歩幅で悠々と歩いているのが見えた。どうりで教室が突然ざわついたわけだと納得。正直な話喧しい。私がこんなだから友人が黄瀬クン黄瀬クンって騒ぐような子じゃなくて本当によかったと思う。もし黄瀬教に入信してる子だったら、ひきつる愛想笑いを酷使しなければならなかっただろう。


「くだらないね」


 ぽつり呟いた一言に友人はなあにと問い掛けてきたが、まあそれもそのはず耳に入らないよう蚊の鳴く声で言ったのだけど、私は何でもないよと答えた。




 俺のレギュラー掲載雑誌は若い女の子向けのもので、事務所からは恋愛禁止とまではいかないが大っぴらにはちょっと、という感じに言われている。それを知ってか知らずか学校の女子だけでなく違う制服を身に纏った子までこれ幸いと言わんばかりにバスケの試合を、というより俺を見にやってくる。悪い気はしないが、先輩たちの風当たりの強さとか、ちょっとは考慮してほしいかもしれない。そうぼやけば、またどやされるのだけど。
 俺は束縛が苦手だ。そして部活でレギュラーを担い、モデルの仕事もしている。恋愛に現を抜かす暇はない、なんていうとただの逃げと捉えられてしまうかもしれないが、正式にお付き合いをしている子は実際いない。正式、には。


「これって世間一般で言うとお付き合いなんじゃないんすか?」
「いんや。私と黄瀬クンは付き合ってないよ」
「黄瀬クンって、白々しいっすね」


 こんなに深い関係なのに。彼女の首筋を舌でなぞりながら思う。
 彼女とは、彼女が言うようにあまやかな香りのするカレカノという関係ではないのだろう。言うなれば友達以上恋人未満である。だが彼女は学校では俺と一切話をしないどころか目だって合わせない。俺に全く興味のないような態度でいる。メールも電話も諸連絡のみ。しかし彼女は折角の休みに連れ出したって、気だるいような言動こそするものの、表情はそんなことない。それは俺の仕事や性格を考慮しているからであって、そういう殊勝なところや矛盾点を愛しく思ったりする。

 耳朶を甘噛みすれば、強く目を瞑って身動いだ。いつからこうなったかは忘れたが、俺には確かにプラスがある関係。好意を持った相手に縛られず、ある一定の距離を保ちながら関係を持っている。じゃあ、彼女にとっては?なぜ傍にいる?その真理は、




「みーんな好きとか好きじゃないとか、付き合うとか付き合わないってことしか考えてないんすよ」
「うん」
「俺に告白してくる子だって、中にはある程度話したことある子もいるけど、結局俺を隣に置いて自分のステータスを上げたいだけで」
「うんうん」


 黄瀬はすぐに私に影響を受ける。そして私の意見見解の大きく先をゆく発言をする。つい先日まで私とキミの関係は彼氏彼女のお付き合いだって、言っていたじゃないか。でもそんなところが、単純で滑稽なところがすき。非現実な彼を近くに感じられる。実際に今、彼は私の胸のなかにいるのだけれど。


「今日泊まっていいっすか?」
「私が断らないって知ってて聞くんだね」
「一応、マナーとして」


 マナーって。私が笑えば彼も笑顔を溢した。大衆に向けた貼り付けたものではない、本物のそれ。包み込むようにぎゅっと抱き締めれば、それ以上の力で返される。こういうこと、学校の帰り道なんかでこっそりできたら、いいだろうなあ。いや、彼がもしモデルじゃなくてただの一高校生だったら、放課後の教室でもこんなことできたのかな。そんなこと考え出したらキリがない。今は瞳を閉じて、黄瀬涼太を感じることに専念する。
 私は本当に黄瀬涼太のことがすきだった。すきだから学校では一切の関係を断ち切ったし必要とされればすぐさま彼の家まで駆け付けた。本当はちゃんと彼女になりたいけれど、そんなもの彼は望んでいない。今胸の中にいる彼が全てだ。

 チリチリ、燃えて、炭になっていく音がした。




 また、呼び出された。また、告白された。はいはいステータスステータス。そういう積極的な女の子は大体バスケを観に来たことがある子で、部活に集中したいとか言っておけば丸く収まる。放課後呼び出された後の部活ほどだるいものはない。なぜ少し遅れて来たか、言わずとも知っている先輩らからの無言の圧力。いつも以上に声量の大きく感じる黄色い声援。無性に面倒臭くなることがある。モデルだからという体裁を気にすることなく自分のやりたいようにやることを考えたとき、俺の隣には当たり前のように彼女がいる。
 俺たちは周知の関係で、休み時間の度に彼女の教室まで会いに行ったりして、昼飯だってもちろん一緒に済まし、部活がオフの日には放課後出掛けたりして。いいなあと思う。窮屈な関係を築いたのは自分自身のくせに、喉から手が出るくらいにそんな関係を望んでいる。
 いつだって頬を染める女の子を前に考えるのは彼女のことで、彼女がこうして告白をしてきようものなら抱擁で返すのに。彼女のやきもちだったら快く受け入れ、束縛だって許せるかもしれないのに。それくらい彼女のことを好いてしまっているのに。

 本当に俺の彼女になってほしい

俺がそうやって言える日が来るのだろうか。




 シャー芯が無くなったからコンビニに買いに出た午後10時、店内で黄瀬を見つけた。同じ顔姿の黄瀬が、3人も窮屈なラックに押し込まれている。また、表紙。手に取れば数枚のカラーページの後に見開きいっぱいのインタビューが載っていた。最近の黄瀬の躍進は目覚ましいものがある。内容に目を通すことなく雑誌をラックに戻して、シャー芯すら買わずにコンビニから出た。



 部活が終わるまで待ってる。そうメールを送れば、数分後に了解と返事がきた。授業と授業の間の短い休み時間にも関わらず、クラスの彼にお熱な女子たちは私が昨日見かけた雑誌を話題に一生懸命舌を回している。机に伏して耳を塞いでも聞こえてくる彼の名前に目頭が熱くなる。なんて煩わしいんだろう。なんて鬱陶しいんだろう。なんて、愛しいんだろう。




「どーしたんすか」


 私のすぐ隣から彼の声が聞こえる。すっかり暗くなった空に溶ける彼の声は心地よいなあなんてうっとりして、何もかもどこまでも整っている彼はもはや笑える。彼の芸能活動はモデルだけに止まらないだろう、これは勝手な憶測ではなく確かな予感であった。だからもう、こうして身近に彼を感じることは、ない。


「まさか別れ話じゃないっすよね?」


 違和感を感じ取れるくらいには彼も私のことを知っているという事実だけで十分だった。意識的に息を吸い込めば、空気はいつもより冷たく感じた。


「何を言ってるの?」

「私と黄瀬クンは、元から付き合ってなんかいないじゃない」


 「別れよう」とか「終わりにしよう」とか、そんな言葉は必要ない。彼のモデル業に執着する私は、けれどモデルをやりたい彼に辞めてなんか言えなかった。そんな権限は持っていないのだ。もう自分を繕っていくのは難しいよ、黄瀬クン。
 彼は下唇を噛むばかりで何も話さない。そんなしたら、きれいな顔に傷がついちゃうよ。傷がついて辞めちゃえばいいって一番思っているのは自分なはずなのに、ほらやっぱり、そんなこと望んでない。私は彼の隣で、彼を支えて仕事を応援するなんてこと、出来ない。均衡なんてとっくに崩れていて、もしかしたら最初からシーソーは私の方に重心があったのだ。
 決してほどけぬようきつく結んだはずのリボンだったのに、私の激情に燃え尽きて灰になってしまったの。

 ねえ、黄瀬。本当に貴方の彼女になりたかったよ。

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