もー泣きすぎて、干からびそう。
机に突っ伏しながら言えば、ほらとペットボトルのお茶を差し出される。ゆっくりと起き上がれば机には小さな水溜まりが出来ていて、情けないなあと思いながらペットボトルを傾けて喉に流し込む。
「高尾、ぬるいよ」
「悪かったなー朝買ったんだよ」
私の手からお茶を奪った高尾は、乱暴に蓋を閉めた。小さくありがとうとお礼を言えば、おうって目を合わさず返される。たくさん泣いたせいでぼやけた思考で考える。私、またふられちゃったんだ。今度は2ヶ月続いていい感じって、思ったんだけどな。今となっては元彼である先輩に呼ばれた足でまた高尾にすがり付いている。よくない。きっと、私にとっても、彼にとっても。
「高尾くんは面倒見がいいですねー」
「くん付けと敬語やめろよ、きもいぞ」
「ひっどー今しがた失恋した女の子にきもいなんてー!」
「そのぶんまとめて慰めてやるって」
みょうじを慰めるのは俺の役目だろ、と高尾は当たり前のように言って眉を八の字にしてはにかむ。ああ、そんなこと言われたら。申し訳なさよりも嬉しさのほうが勝ってしまうではないか。
「高尾に慰められんの、すき」
「っはは、なんだそれ」
「なんか安心すんの」
未だ目の淵に溜まっていた涙を指で掬うと今度はタオルを渡された。畳まれたまま顔を覆えば汗と制汗剤と柔軟剤が混じったようなにおいがした。でも、全然嫌じゃない。高尾のにおいだって思うと落ち着く。
「いつかみょうじも俺のとこに来なくなるよ」
タオルから顔を上げれば達観したような顔つきの高尾が頬杖をついて私を見ていた。ぎゅうとタオルを握る。そう、きっとそれはしあわせな未来。私にとっても、高尾にとっても。
「それより先に、高尾に彼女が出来て私が泣き付けなくなりそうかな」
私は高尾に話を聞いてもらって落ち着いても、それは高尾にとって何のメリットもない。ただの迷惑でしか、私の我が儘でしかないのだ。早く高尾立ちしなきゃな。失恋を吹っ切れずにずるずる引き摺ってしまいそう。
「それはないんじゃね?」
「なんでよ、分かんないよ?」
「だって俺バスケ一筋だし。叶わない恋してるし」
え。驚く私の様子を見て高尾はおかしそうに笑っている。まじで?嘘でしょ。混乱している中、再び胸がじくじく傷んだ。まだかさぶたに被われる前の生傷のような痛みに眉をしかめる。
「高尾にすきな人いるなんて、全然気が付かなかった」
「そうだろーな」
「ちょっとそれどういう意味?」
「そのまんまだよ」
高尾はいたずらっ子みたいに無邪気に笑う。いつもは元気をもらえるのに、今はなぜだか全然笑えない。ちくちくなんてもんじゃない、胸に何か刺さっているかのような鋭い痛みが走った。
「俺的には普通に仲いいと思ってんだけど、相手は俺のことなんて眼中にねーの」
「えー、誰?」
ガタン、二人しかいない教室では椅子から立ち上がるだけで派手に音が聞こえる。高尾は通学鞄を肩にかけ、私を見下ろしながらぎゅっと私の鼻をつまんできた。
「高尾、いひゃい」
「みょうじだよ」
言葉と同時に手が離されて、高尾はあっという間に教室から出ていった。残された私は、つままれた鼻も、心臓も、高尾の辛そうな目も、全部がぜんぶ痛かった。
「……もっと早く、言ってよ」
もっと早く気付けよ、私。
今となっては痛みが愛しい。