街のネオンは煌めいてキャッチが喧しくて深夜なんて思えないのが当たり前だった。私の世界に夜なんか来ない。だからって朝や昼が常なわけでもない。じゃあ私の世界ってなに。難しいことは分からないから、そのまんまほっぽってある。答えなんて欲しくないし、それでいい。
「ねー今から精市の家行っていい?」
『……今、何時だと思ってるの』
「1時半過ぎだね」
あっけらかんと言い放つと精市はひとつ溜め息をこぼして、いいよ来なよただし俺寝てるから、と一息で言って電話を切ってしまった。まあいいや。家に入れてくれるなら。駅に向かう途中にまたアドレス帳を出して、ある人物の名前のところでセンターキーを押す。精市のマンションは駅から近いため本当は電車で行きたいけど、あいにく終電はとっくに過ぎてしまっている。タクシーは高いし、足が無いときは仕方なくこいつに電話をかける。
『もしもしなまえどーした?』
「よかった起きてて。お願いあるんだけど」
『幸村君家まで送ればいいんだろぃ?』
「分かってんね。ブン太ん家最寄り駅で待ってるから」
用件のみを伝えて電話を切る。ブン太は何だか知らないけど私を気に入っているようで何かと頼ってしまうというか、使える男だった。特別媚売ったりしてないのにね。にんげんって難しい。
5分くらいバスターミナルで待っていたらブン太の車が入ってきた。助手席に乗り込むとコーヒーを手渡される。気の利く男だこと。
「さんきゅー」
「なまえもよくこんな夜中に行くよな」
「気分だよ」
プルタブを持ち上げてコーヒーを口に含む。ほろ苦い味が口内に広がる。ブン太は私を一瞥してから車を走らせた。ここからじゃあ20分はかかるだろうから着くのは2時過ぎだろうなあ。
「そろそろ幸村くんに会わせてくれたってよくね?」
「なんで」
「友達だろ?」
「嘘言えよ」
私のことすきなくせに。ほんとともだちって言葉は都合よく使われるよね。しかも精市は彼氏なんかじゃないし。そんな言葉じゃ収まりきらないし。
「嘘ってなんだよ友達だろぃ?」
「あーうんそうだね寝まーすおやすみ」
面倒なんだけどいろいろ。大体彼氏ってなんだ分からない。やっぱりにんげんって難しいからほっぽっておくのがいちばんだ。だから寝るよブン太くん安全に送り届けてくれたまえ。
「ほらなまえ、着いたぞ」
「…うぅん」
結構寝ちゃったなー首が痛いや。目の前のブン太の顔があまりにも近い位置にあるので彼の肩を掴んで遠ざけた。
「ありがとう、じゃあ行くね」
バックに入ってた未開封の板ガムを渡して車を出る。雅治だったら頬にキスのひとつくらいしてやるんだけど(というよりしなきゃ拗ねてうざい彼女いるくせに)、ブン太みたいな純粋な奴にキスなんてしたら勘違いされるし、私を精市の彼女と思い込んでいるし、第一ガムあげただけで喜ぶんだからそれでいいのだ。マンションの自動ドアをくぐると同時に車が発進する音がした。ブン太ありがとうまたシクヨロね。
とっくに暗記した4桁の暗証番号を入力して2つめの自動ドアをくぐり、エレベーターに乗り込む。7階のボタンを押して取り付けられてある監視カメラとにらめっこ。なんかカメラあると意識しちゃうんだよね。不審者極まりない。ドアが開いて、すぐ隣の部屋が精市の住みか。静かに扉を開ける。入り口だけ照明を点けてあった。
「精市、おはよう」
しっかりと布団をかけて眠る精市の顔は、月明かりに照らされて剥製のようだった。あくまで小声で話しかけ、カーテンを引く。バックを適当に転がして洗面所に向かう。精市の部屋には私の生活用品も揃ってて何かと便利だ。化粧をクレンジングで落として、やっと落ち着くことが出来る。化粧をしてると気が詰まる。やっぱり素っぴんは楽だ。
「おかえり」
そのまま洗顔して顔を拭いて部屋に戻ると精市が起きていた。両手を広げておいでってしてるから、素直に腕の中に収まる。
「やっぱり精市落ち着くーすきー」
「すきなんてみんなに言ってるだろ」
「落ち着くは精市にしか言ってない」
私を抱いたまま体勢を変え、私をベットに寝かせるとおでこに優しくキスをした。
「シャワー浴びてよ」
「私眠いから明日の朝浴びる」
「しょうがないな」
頬に鼻にキスをしながら私の服を脱がせていく。しょうがないってこのままヤるつもりか寝てるって言ったくせに。まあ、いいけど。