メロウ・アウト | ナノ

 去年までチャリ通だった俺は、今年から電車通学することになった。自宅から学校まで自転車で1時間かからないくらいの距離で、毎日のように朝練をするためきついっちゃあきつかったが、これもトレーニングの一環だと思えば音を上げるなんてことはしなかった。そうして2年間通学していたのだが、最上級学年になってから通学方法を変えた。というより親によって変えさせられた。理由は受験生なのだから、登校中も勉強できるように、らしい。おそらくスポーツ特待である程度の大学に行けるし定期代もかかるから俺は断ったのだが、そうと言っても勉強はしっかりやってほしい、というのが親心らしい。分からなくもない話だ、俺は分かったと頷いて定期券を受け取った。

 とは言ってもまだまだ俺の頭の中はバスケのことばかりで、一度も電車の中で単語帳を開いたことはない。行きは練習メニューのことを考え、帰りは疲れでついうたた寝。これではなんのための電車通学か分からない。とりあえず、IHが終わるまでは勘弁してほしい。
 今日も電車で考えることは次の練習試合で当たる学校のこと。頭の中でシミュレーションを組んでいればあっという間に高校の最寄駅に到着してしまう。いつもなら。


「どうぞ、座ってください」
「ああ、ありがとうね」


 そんな会話が俺の耳に飛び込んできた。ちらりと後ろに目をやれば、女子高生が足の不自由なお年寄りに席を譲っているところだった。見かけない制服から、ここら辺の学校ではないことが分かる。きっとまだまだ電車に乗っているだろうに、偉い子もいたものだ。優先席に深々と腰かけて携帯をいじっている若者だって大勢いるのに。て俺おじさんくさい、止めよう。
再び俺と相手校の選手が対峙する図を思い浮かべた。が、今度はローファーに何かがぶつかったことに意識を持って行かれた。足元を見れば、踵の後ろに有名なクマのキャラが俺を見あげていた。誰かのスマートフォン。


「あ」


 俺がそれを拾い上げるのと声が聞こえたのは同時だった。上体を起こすと眼前に先程席を譲っていた子がいた。眼前、に。瞬間的にぶわああと顔に血液が集中する。なんという情けなさ。俺を見ないでくれ!と言いたいが俺の手中にあるかわいらしいクマのケースのスマホは彼女のもので間違いないだろう。きっと席から立つときに落としたのだ。俯きがちにそれを手渡す、感じの悪い俺。それでも彼女は、表情を見ていない俺でも笑っているとわかるくらいの笑顔で、ありがとうとお礼を言って受け取った。
 ちょうど俺の左隣にスペースが空いていて、席を譲った彼女はそこに収まった。会話があるわけではないのに、一度意識してしまったらなかなか顔の赤みは引かない。最寄までの数分が気が気ではなかった。


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