電脳スパイス | ナノ

結局丸井と一言も口を交わすことなく帰宅した。昼休みに一緒にご飯を食べていたとき千代ちゃんにも「何かあったの?」と心配をかけてしまったが、あまりにもばからしすぎて言えなかった。笑い話になったら必ず伝えよう。私と丸井はこのまま係わることなく卒業してしまうのだろうか。お互いに持ち上がりで高校も同じになるだろうが、そこでも話をしないのだろうか。先のことをあれこれ考えても仕方ないと分かってはいるのに頭に浮かんでくるそれらを払拭しようと、私は今キッチンに立っている。可愛い後輩に約束したガトーショコラを作るために。お菓子はこれしか作ったことのない私だが、理由はケーキだから誕生日祝いにぴったりだし、チョコを使うためバレンタインにももってこいだから、という安直かつ狡猾なものである。メレンゲは白身を冷凍してしまえばあっという間に出来るし、難しい行程は特にない。という訳で卵を取り出そうと冷蔵庫を開けると、1つだって残っていないではないか。そういえば昨日の夕飯は巨大かに玉だったな…使いきってしまったのだろう。しょうがないからチャリ鍵を持ってコンビニへと向かうべく家を出る。スーパーで買う方が少しだけ安いと分かってはいるのだが、コンビニの方が5分早く着くのだ。何を隠そう私は横着者である。

最寄りのコンビニに着くと立海大附属中と書かれたステッカーが貼られた自転車が停められていた。学校から比較的近い場所にあり不自然なことなんてないけれど、色が3年生の学年色だったため、少し身構える。まさか、彼奴ではあるまいな。あー今の若干真田くんぽかった。そんなことを思ってにやける余裕があったのだ、よく見知った赤髪が、ちょうどドアを開けて外に出てくるまでは。

「あ」
「げ」

まさかの彼奴だったよ真田くん。いや真田くん無関係だけど。丸井は今だ制服姿でラケットバッグを担いでいるから、部活に顔を出していたのだろう。足が地面にくっついているかのように動けない私は、頭を掻いてあーうー唸っているこいつを押し退けて中に入るなんて不可能だ。心臓が嫌な音を立てる。この気まずさ、どーにかして。

「これ、やる」

変に大きな声でそう言われ彼の方を向くと、中程度のサイズだがぱんぱんに膨らんだビニール袋を口数少なく渡され、躊躇いがちに受け取る。おそるおそる広げて見てみると、フルーツアソートのキャンディ、ポテチ、コンビニ限定ポッキー、…あらゆるお菓子が詰まっていた。奥をまさぐって都こんぶまで入っていることに気が付いたとき、ごめん、と丸井の声が聞こえた。

「俺冗談で言ったんだよ。そんで嘘って言おうとしたら、みょうじキレてどっか行っちまった」
「……そんなの、私が知るわけないでしょ!」
「そうだよな、悪ぃ」
「……うん」

そんな素直に謝られたら、何も言えなくなってしまうじゃないか。こんなの丸井じゃない。いつもの丸井じゃない。

「ま、この菓子お詫びだから食えよぃ」
「…あんたじゃないんだからこんなに食べらんないよ」
「じゃあ俺にくれてもいいんだぜ?」
「それは違うだろ!」

あーだこーだ言い合って、ああそうだこれがいつもの私たちだと思うと何だかすごく安心するというかほっとするというか、表情が柔らかくなっていく。袋の中にかむかむレモンを見つけ、反射で口内に唾が溜まり始めたときだった。

「やっぱさ、みょうじは笑ってた方がいいよ」
「!」

なんだ、今の台詞は。本当に丸井の口から出たの?目を丸くする私を置いて、笑いながらじゃーなと言って颯爽とチャリに跨がり行ってしまった丸井の後ろ姿を、訳も分からず見つめてしまった。私、何しに来たんだっけ。ああ卵買いに来たんだ。ゴミ袋を代えに来たのだろう店員にいらっしゃいませと促され、店内に入った。向こうも友達だと思っていてくれたみたいだし、丸井にもガトショをくれてやろうかな、なんて柄にもないことを考えながら。

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