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「財前くんクッキー作ってきたで」
「財前くん、今日はチョコケーキ」
「財前くん!今日はなんとぜんざいタッパー詰め!」

みょうじは毎日財前くん財前くん喧しい。基本的にうるさい奴は苦手というより嫌いだ。だがこれは、背に腹は変えられないという状況なので話は別である。そいつの方を向けば、俺の大好物のぜんざいがタッパーになみなみと入っている。無言で手を伸ばすとにこにこ笑ってタッパーを差し出してきた。

「白玉なあ、自信作なんよ」
「へえ」

にこにこにこにこ、俺の感想を待っている。正直食べづらいが食後のデザートがぜんざいなんて最高なので添えてあったプラスチックのスプーンの封を切り、白玉を掬う。口に運んで咀嚼する。美味い。言いそうになって、また咀嚼を続ける。正直になんて言ってやるものか。

「不味くないやん」
「そろそろフツーに褒めてくれてもええやん」
「何の話かよおわからんわ」
「財前くんはいっつもそう」

まあええわ。俺のリアクションに文句は言うものの大して気にしてないらしいみょうじは、食べ終わったらタッパー私の机に置いといてな、と言い残し女子の群れに戻る。みょうじは俺と女友達にはお菓子を作って持ってきては振る舞っている、らしい。男友達もいるだろうがお菓子を渡している所を俺は見たことがない。「おう財前、今日もかい。愛されてるな」友人から野次が飛ぶ。「うっさいねん」と睨んでも、ぜんざいを口に運ぶ手は止めない。勝手に手が動いてしまうのだ。
傍目からみてもみょうじが俺に好意を寄せているのは明らかなことだった。まあタッパーくらい洗って返したるわ。俺はそんくらいしか思ってない。





放課後、今日は委員会の仕事のため図書室のカウンターで来もしない利用者を待っていたら、司書の先生が来た。部活ええ時期やし私やっとくさかい行きや、との言葉に甘えて図書館を後にする。
下駄箱まで来て、みょうじの姿を見つける。話かけんでええよな、そう思いながらも横顔を見続けていたらみょうじの向かいで愛想のよい笑みを浮かべるサッカー部の練習着を着た見知らぬ男が目に入った。その男はみょうじの頭を撫でて「今日のぜんざい美味かったわ」と笑った。みょうじも満更ではない顔で嬉しそうにはにかんだ。邪魔者以外の何でもない俺は、歩き方を忘れてしまったように廊下に立ち尽くした。

「あ、財前くん!」

持ってくるお菓子が美味くていつも笑っているみょうじが俺にばかりうざったいくらいべったりなのが嬉しいだとか、思ってるんじゃなくて。そうじゃなくて、それが当たり前のことだと享受していたのだ。俺はこの感情の名前なんて知らない。別になんだっていいし、名前をつけた途端に俺は今までの俺じゃなくなってしまう、そんな気がする。男と別れて俺に気付くとぱっと笑顔になって駆け寄ってきたみょうじに、俺は背を向けた。ぱたぱたと聞こえていた足音が止む。「財前くん?」後ろで気配を感じる。きっと手を伸ばして俺の肩に触れようとしている。冗談じゃない。俺は触れられないようにと、2年の靴箱へと足を進める。部活や部活。くだらない。下駄箱でじゃれよって邪魔やねん。

「財前くん!ちょっと、待ってや」

なんで呼ぶん。俺やなくてもええんやろ。胸中でぼやくだけで口になんか出してやらない。俺はみょうじの声をスルーして歩みを止めない。

「なんで。…なんで無視するん?」

しつこい。振り返ってため息をつくといちいち傷ついたという表情をする。面倒臭い。

「わざわざ近寄ってきて俺に愛想振り撒かんでも他でええやろ」

そして俺は、みょうじの今にも泣き出しそうな目を、まっすぐ見てしまった。刹那の出来事が俺の頭を一気に冷やす。みょうじは顔を隠すように膝を抱いてその場に踞った。みょうじが下駄箱で知らん男と仲良さげに話してて、男がぜんざい美味かった言うてて、みょうじも嬉しそうにしてて。邪魔者の俺は何をしようと言うのか。みょうじをシカトしたくせに、吸い寄せられるように隣まで歩く。みょうじは少しだけ顔をあげて、俺が隣にいることを確認するとまたすぐに頭を腕に埋めた。目は赤くなっていた。

「財前くん何なんよ……無視して近寄らんでええ言うたのに、自分から近寄るって、わけわからん」

俺は、こいつの隣に立って、何か言おうとして口をつぐむ。耳まで赤くしてすんすん泣くこいつに俺は何を言おうとしたのか、自分でもわからない。弁解する必要は皆無。なら足が廊下に貼り付いたように動かないのはなぜか。自分でわからないなら他の誰がわかるというのだ。
そのまま数分が経ち、隣でまた「わけわからん」と小さく呟く。ちらり盗み見ると耳の赤みは引いていた。宙に浮かんでひらりと舞って、どこへとも知れない場所で消えるそれを、俺は掴むことなんて出来ずにただ立ち尽くしていた。

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