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このまま死ねたらいいのに。こんなんじゃ死ねないって知ってる私はどこか達観したような気持ちで財前の上下に動く喉仏を見つめる。色っぽいな、と思っていたけれど目に生暖かい水滴が入ってきて咄嗟に閉じる。ぼたぼたとそれが落ちていくのを顔の皮膚に感じる。雨みたいな財前の涙が、宛ら地面である私の肌を濡らす。首の圧迫感は止まない。

「俺は本当にっ…なまえさんのことが、すきで」

ひっく、ひっく。嗚咽しながら財前が話す。余裕なんて何も持ち合わせていない。こんな財前、私しか知らないだろうな。優越感に微笑むと彼は小さく笑うなと睨む。その拍子に大粒の涙が頬に落ちて、恐怖心なんてまったく生まれてこない。微笑を崩さず財前と目を合わせていると、諦めたように睨むのを止めて再び苦しそうな、せつなげな表情に戻る。首への圧迫は、さらに強くなった。

「ほんまに奪う気でいたんや」

言葉を発することができなければ頷くことも儘ならない私は、全部知っているよという思いを視線に込めて財前を見つめる。彼に伝わるだろうか。

「尊敬しとる先輩から、だいすきな人奪って、しあわせになれる道理なん、あらへんのに」

ずずーっと財前が鼻を啜った。かわいいなあと思っていると先輩はこんなときでも相変わらずやって言われた。俺こないなことしてんねんで。財前の手が私の首を絞め上げる。まだこんな力が出せたのか。驚くのも束の間、けはっという乾いた咳が出た。私がかわいいって思ってるのが表情からわかったんだから、財前の気持ちを知ってるってことも伝わったよね。安心した。財前は私とは反対の不服そうで不安げな顔をしている。

「なんで笑顔まで似てるんすか」

付き合ってくうちに似てきたのかなあ。この場の雰囲気に相応しくない和やかな気持ちだった。

「俺はなまえさんのことがすきだけど謙也さんを恨めない。二人が付き合うとるのを祝福することもできない」

独り言のように呟くと、そおっと私の首から手を引く。すんませんと財前が謝るから、ええよって私は許すのに、財前はやっぱり不満らしい。私が許したことがだろうか。それは私が決めることなので財前が不満に思うことなどないのに、と考えると、許されたくなかったのか、と思い付く。横たわっていた体を起こして財前と向き合う。財前は目を擦って水滴を拭っている。そんなに強くしたら赤くなるのに、なんて、首を赤くした私が心配するのはお門違い。ううん、と喉を鳴らす。解放された気管が喜んでいるのを確認して、口を開く。

「奪っても、ええよ」

私が言うのはおかしいかもしれないけど。財前は目を擦る手を下げて私を見る。その顔は一見無表情だけど、瞳の奥の奥で希望が光ったように私には思えた。

「私はたぶんずっと謙也のことがすきやけど。財前やったら奪われてもええ」

それって奪うの意味ちゃいます、財前は力なく笑った。ちょお、聞いてや。まだ続きあるんやから。私も笑うと財前はやっぱり瞳の内奥を光らせて私の言葉を待った。

「浮気されてもすきなんは、私がどうしょうもないおんなやから」

せやから奪ってくれてええねん、財前なら。今度は私が泣く番だった。誰かに打ち明けるのは初めてだった。言葉にすれば簡単だけど、私の心はそんなに易しくなんてなくって、今にも折れてしまいそうで。皮肉にも私のこころの鍵を開けたのは財前の屈折した愛情だった。どうせならこのまま殺してくれてもええよ。言うつもりだったのに押し倒され、再び首を絞められれば叶わない。そのままキスをされた。しょっぱい涙の味がした。

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