ショート | ナノ

昨日は全然眠れなかった。正確には日付が代わって今日なんだけど目が冴えて冴えて、何度寝返りを打っても何匹羊を数えても夢の世界へ羽ばたくことはできなかった。メリーさんしっかりしてくれまじで。鳴らない携帯電話を握り締めて一夜を明かしたが、朝になってもうんともすんとも言わないマイ携帯に幻滅した。はい責任転嫁。実際に私を睡眠不足に追い込んだのはそれはそれはお顔の綺麗なウェーブがかった髪の人で、にっくきそいつの名は幸村精市と言う。幸村は朝ショートの前、私の姿を見た瞬間腹を抱えて笑いだした。

「ふふっ…あは、あーっはっはっは!酷い顔!」

そうだね隈すごいし髪もぼっさで窶れてるもんねーそりゃ1時間くらいしか眠れていないものあはは酷い顔ーって全部お前のせいだよこのやろう!と怒鳴れたらどんなにすっきりすることか。 「言いたいことがあるなら言いなよ」「イエ遠慮シテオキマス」私弱すぎる…だからこうして玩具のように扱われるんだ。どうせ飽きたらぽいして他の玩具に手を伸ばすんでしょ?幸村の玩具なら立候補者数とんでもないことになるだろうね。そう思うのに幸村を無視できない私はそうさそんなあんたのことがすきなんだよばーか!現状に満足すらしていないものの打破する気なんて一切ない。幸村のことだから、私が彼の玩具だと自覚していると悟ったらたちまち私を笑顔で捨てるだろう。「お前なんてもういらない。そんなにつまらない奴だったんだね」なんて具合に。

「気になるんじゃないの?」

幸村の笑顔はぬかりないパーフェクトスマイル。私はうっと息詰まり、鞄に入っている携帯の着信履歴を思い出す。幸村精市 通話時間2秒。睡眠不足の元凶は、このたった2秒の電話である。夕飯を食べ終え漫画を読みながらそろそろお風呂に入ろうか、そんなことを考えていた昨日の7時半頃の出来事で、箪笥から下着を出してお風呂に入る準備をしていると、横目に机の上で着信を知らせるブルーのランプを見つけた。急いで取ると、画面には私のすきな人の名前。彼から電話がかかってくることは初めてだった、もっと突っ込むと電話をすること自体初めてだった。テンポの速くなる鼓動を感じながらボタンを押して、もしもし、という言葉を遮って、

「すきだ」

一言言うと、私に口を挟む時間を与えずそのまま電話は切られてしまった。唖然とした。いたずら電話と思う反面もし本当だったらという嬉しさがあり、悶々としながらリダイヤル。が、聞こえてきたのは無機質なおねえさんの決まり文句。電源切ってるって、どういうこと?再び、唖然とした。とりあえず落ち着くためにお風呂に入ったが寧ろのぼせて逆効果だった。また電話をすると今度は呼び出し音が鳴ったが彼が出ることはなくそのまま留守電に切り替わってしまった。ならばメールだと「さっきの電話なに?」と簡潔に送ってみても、1時間経っても返事はない。時計の針は10時前を指していていくらなんでも帰宅しているはずなのに。無視しているのは明らかだった。心の靄は晴れぬまま、時間ばかりが過ぎていく。いつもなら寝ている午前0時、「返事ちょうだい」と2通目のメールを送信して布団に潜り込む。サイレントモードを解除してすぐにメールに気付けるようにし、祈るかのように携帯を握って目を瞑る。無視されてると分かっていながら、滑稽な行動だと思う。けれども万に一つを考えるとそうせずにはいられなかった。だって相手は幸村である。私のすきな人である。
結局、太陽が顔を出したって返事は来なかったのだけど。

「…気になるに、決まってるじゃん」
「ふふ、まあ、普通に考えてそうだよね」

やっぱり幸村はいつも通りの笑顔で、昨日告白したようには思えない。冗談だったのだろうか。気分がだんだん落ちていく。想定の範囲内だったのに、期待していた自分は確かに存在していた。

「電話したの」
「……」
「本当に、俺だと思う?」
「…え?」

私は所謂「鳩が豆鉄砲をくらった」顔になった。実際に見たことがないから分からないけど、もしかしたら私は鳩以上に驚愕を顔で表していたかもしれない。質問の意味が分からない。幸村はそんな私を見て、先程の爆笑とまではいかずとも再び破顔した。

「みょうじのその素直さと正直さには好感が持てるよね」
「いや、ちょっと…わけわかんない」
「簡単な話だよ。昨日の電話は俺じゃない。俺の携帯から、俺の後輩が電話したんだ」

2年の立川って分かる?今、テニス部レギュラーなんだけど。そいつがみょうじのこと気になるんだって。みょうじって図書委員なんだね?読書週間で本を借りに図書室に行ったときカウンターにみょうじがいて、一目惚れしたんだって。初々しいよね。昨日部活に顔を出して、練習終えたときみょうじ先輩知ってますかって聞かれて、同じクラスだけどって答えたら仲取り持ってくださいって頼まれてさ、ほら俺まどろっこしいのって嫌いだから。言ったんだよね、告白すれば?って。みょうじの番号表示した携帯見せてさ。そいつは渋ってたんだけど意を決してお前に電話して、でも呼び出し音が聞こえたら怖くなってきて。でもこのまま切ると俺が用事があって電話したことになるだろ?そう考えて、告白だけしてすぐさま切っちゃった。そういうことだから。
幸村は笑みを絶やさず言い切った。私は放心状態で、それでも何とか幸村の口からぼろぼろこぼれる真実を拾い上げる。一目惚れ?告白?誰が誰に。立川?誰だそれ。みょうじ?誰だそれ。私か。

「立川、真面目でユーモアもあっていい奴だから、会ってやってね。ていうか付き合いなよ」

このとき放たれた幸村の台詞は脳に焼き付いて消えずに、いつだって、何度でも繰り返し再生されるのだった。





結局私は立川くんと付き合うことにした。そう決断する前にちゃんと会って話をして、一回だけ二人で遊びに出掛けた。立川くんが会話を途切れさせることなく言葉を紡いでいってくれるおかげで、気まずさなど少しも感じず楽しい時間を過ごすことができた。帰り際、駅に行く前に寄った公園で改めて告白された。断る必要もないと思って二つ返事で了解すると、それはそれは喜んで。ちくりとこころが痛んだ。断る必要はいくらでも作ることができただろうと、誰かが耳元で囁いた気がした。
それから二ヶ月。私の気持ちはいつだってぐらぐらしていた。きっと幸村がぽんと軽く押すだけで跡形もなく崩れ落ちる。幸村とは席が教室のはしっこからはしっことそれはもう離れていて、話そうと思わなきゃ話せなかった。だから二ヶ月、彼とは話をしなかった。部活には週に1、2回は顔を出すと立川くんから聞いたが、私が立川くんの部活を待つ日は決まって彼と会うことがない。偶然かもしれないけれど。
動いたのは彼の方だった。週に一度の放課後の図書当番の際は部活が終わるの待っているという約束のため、誰もいない図書室で一人本を読んで時間を潰す。放課から一時間も経てば図書室なんてすっからかんだ。がらり。ドアを開ける音に顔を上げると驚いたことに幸村だった。やあ、と微笑む顔は爽やかで好青年に見えるが腹の内なんて知れたもんじゃない。

「ねえ」

幸村がカウンターの前に来て口を開いた。私は返事をせず、彼の顔を見て続きを待つ。

「別れなよ。立川と。みょうじってそういうキャラだっけ?」

幸村はきっと、私が彼の玩具であると自覚していることを、私がそう感じ始めたときから悟っていたのだ。そうして幸村の言葉にただ頷く私は、本当に本物の幸村の玩具に成り下がるのだった。


「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -