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小学生の頃なんて、足が速くてドッヂボールが上手ければそれだけでなんとか君カッコイイすきかもーと思ってしまうのだ。運動神経がよくてみんなに人気があってみんなに優しくて、笑顔が太陽みたいに暖かい謙也。それはまあモテモテだった。リレー会でアンカーを走り、大差をつけて1位になれば違うクラスの女子でさえ騒いだし、ドッヂボールで最後の1人を当てたら男子だってすげーと嘆息した。いつもたくさんの人に囲まれて、それなのにみんなに分け隔てなく接していてつまりは性格もよかった。モテるのも頷ける男の子だった。かく言う私も彼に好意を寄せる大多数のうちの1人だったのだけれど。当時の私は恋の意味をわかっていたのだろうか。と疑問を抱いてみても、高校生になってもまだ謙也をすきな私は、自分なりの答えを見つけられずにいる。

「自分、ちょっとええ?」

中学なんて3年間ぜんぶクラス離れてめちゃめちゃ悲しくてそしたら同じ高校に上がった今年、やっと同じクラスになれた。小躍りするくらい嬉しくて自分ちょっときもいと思っていたが、中学からの友達に「病気や」と言われればさすがにへこんだ。病気か…確かに気付いたら目で追っててまじまじ観察してしまうのを何年も続けていたらそれは病気なのかもしれない。恋の病?とぼやいたら頭を叩かれた。暴力はんたーい。
そんなわけで今も私は友達とじゃれあっている彼をぼんやりと眺めていたのだけれど、声をかけられてそちらを向くとあの、あのイケメン王子で有名な白石君だった。イケメンか王子かどっちかにしろと思うのだけど両方兼ね備えていてぴったりだということで、誰が考えたのかは不明だが高校生になってすぐに広まったあだ名だった。先輩を中心にファンクラブも出来上がりつつあるらしく、今年の校内三大美男子の最有力候補である。白石君とも3年間クラスが違ったためたまに廊下などですれ違うときに綺麗な顔してるなと思うくらいで、面識らしい面識はこれっぽっちもなかったが、これまた今年同じクラスになったのである。しかし話をするのはいまこの時が初めて。突然のことに横隔膜が驚いたらしく「ひっく!」としゃっくりが音となって口から飛び出すと、白石君がぶっと吹き出した。己の横隔膜の小心さが恨めしい。

「〜な、なんですか!」
「くくっ……あ、せやった。自分、女子の文化祭実行委員やんな?」
「そうですけど」
「なんで敬語やねん。今日の放課後、委員会やって」
「白石君初めて話すのに笑うからひっく!」
「何やねんその抜群のタイミング」

ケラケラと楽しそうに笑う白石君は、悔しいがかっこいい。この笑顔が拝めるならばみんなしゃっくり声出してするぞ。ひとしきり笑って落ち着いた白石君は、じゃあ放課後視聴覚室な、と言い残して自分の席に戻っていった。一部始終を見ていた友人は羨ましいと私を肘でつついてきたが、私には興味がない。私の心を踊らせる人物は、忍足謙也ただ1人である。





なぜ、どうして。語彙力と状況判断力に乏しい私は、そんな言葉ばかり胸の内で繰り返している。だっておかしいのだ。彼は言ったではないか。彼すなわち白石君は、放課後、視聴覚室で委員会だと。確かに言った。それなのにだだっ広いこの部屋にいるのは、私と謙也、2人だけだった。白石君は?なんで謙也?そもそも委員会は?わけがわからない私とは違い、謙也は私にようと軽い挨拶をした。頭がついていかない。なんなんだこの展開は。

「久々やな」
「いや、え?教室で会ってるやん」
「こうやって改まって話すの、っちゅー話や」

小学生のときからの口癖は今尚健在であったことの嬉しさと、話の違和感。これ確実に委員会なんてないのでは。本当は白石君に嘘つかれてたんじゃ…。それにしても謙也が関与する理由がわからないし、何より白石君が嘘をつく理由が見つからない。ちゅーか今から改まった話するん?戸惑う私を余所に謙也は話を続ける。

「小学生んときからあんま背伸びてへんのちゃう?」
「喧しいわ!別にええやろ」

ああかわいくない。私かわいくない。すきな男子にする反応じゃない。こうやって謙也にはよくからかわれたものだ。そして私もいちいち食って掛かるからいつまで経っても口喧嘩は終わらない。でも今は違う。謙也は気にした様子も見せず笑っていた。それだけで私は押し黙ってしまう。心に羽が生えた気分だった。真正面から謙也の笑顔を見るの、いつぶりだろう。顔が赤くなっていないか気になってしまう。惚れたもん負け、まったくもってその通りである。

「全然変わってへんな、中身も」
「どういう意味なん」
「そのまんまや」

つまりはガキということか。どうせガキがそのまんま、恋心を抱いたまま成長してこうなったさ。謙也と話をすると小さくささくれた心だって見逃すことができないくらい余裕がなくなる。本当に病気だと思う。

「謙也だってなんも変わっとらん!」

渾身の力をこめて、目まで瞑って怒鳴ったはずだった。それなのにおそるおそる薄く目を開けてみると彼は真剣な眼差しで私を射抜くものだから、思わず一歩後退りすると、それだけ彼も間を詰める。謙也は窓から入る朱と黄金が混ざった光を浴びて、髪はおろか全身が発光しているかのようだった。体の線が霞んで見えるのも助け、謙也が謙也じゃないみたいだった。私と対峙しているこの人は私の知る謙也ではない。背が伸びて髪の色素はすっかり抜いてあって喉仏は浮き彫りで、骨格もがっちりして手も骨張っていて大きくて。両の眸が私を見ている。私だけを、見ている。何も変わっていないことは、あるわけなかった。感情が高ぶって出たというだけの言葉ではない。少なからぬ願望がそこにはあった。私は少女のまま、おいてけぼり。私ばかり変わらない。違う、あの頃から私と謙也は一緒ではなかったのだと、知らしめられた気がした。
これから彼の口から何が放たれるのか、私には知る由もない。恐怖ばかりが先立ってもう一歩、後ろへ下がろうとする。と、体が唐突に不安定になる。ひゃ、とやっぱりかわいくない悲鳴が出て体が後ろへ倒れるのと、謙也が私の腕を力強く引っ張るのがいっぺんに起こって、私はただ混乱するばかり。
柔らかい硬さ。温もり。目の前に謙也の曇った顔。いてて、と唇と顔が歪められて、私はようやっと謙也に助けられたことを知る。後ろの段差に気付かずに下がって倒れそうな私を謙也が助けて…あれ。前にもこんなのなかったっけか。

「ほんまアホ。階段の次は段差かい」

そうだ、階段だ。階段を降りようとしたときに踏み外して、ちょうど後ろにいた謙也が抱えてくれた、4年も5年も前の出来事。私が彼を気になりだすきっかけとなった出来事。覚えていてくれたんだ、また助けてくれたんだ!アホと言われても嬉しい気持ちばかり沸き上がってきて泣きそうになると、謙也が顔を青くして慌てだした。

「痛いか?どっか怪我したんか?」
「い、や。大丈夫…」
「なんや、驚かすなや」

悪態をつきながらも、太陽のような笑顔。たった1つ、あの頃から変わってないもの。顔立ちは大人びたのに笑った顔は何も変わっていないと、目尻に寄った皺が教えてくれる。嬉しい。嬉しい。すき。

「嘘ついた」
「うん?」
「謙也何も変わっとらん言うたけど、本当はめっちゃ変わったな思うてた」
「…おん」
「でも、笑顔は変わっとらんかった。私の知ってる謙也やった。それがな、なんか嬉しい」

言うべくした言った言葉に嘘偽りも恥ずかしげもなく、するりするりと口を出ていく。謙也はじっと私の目を見て微笑んでいたかと思ったら、私が言い終えた後またあの真剣な顔をした。もう何を言われてもいいと、静かに瞳を閉じた。

「笑顔だけやなくて、自分に対する気持ちも変わってへんのやけど」

ぱっと目を見開いて何回か瞬きをすると、謙也はやっぱり太陽みたいな笑顔で私に手を差し出した。小さく震える手でそれを掴むと、大きな手で握られる。座ったままだった体を起こされ、役目を果たしたはずの手は繋いだまま。帰ろ、と笑いかける彼にひとつ頷いた。恋の意味は、まだ分からなくていいのかもしれない。きっと謙也が分からせてくれるから。茜色に染まった遊歩道を並んで歩くうちに、私の手のひらから気持ちが伝わるといい。

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