ショート | ナノ

「明後日からテストだからしっかり勉強するように」

帰りのショートを締めくくった担任の言葉は俺の首を締めているかのようだった。担任の担当英語だし、俺の方チラ見してたし。俺前回の英語のテスト20点だったし。丸井先輩にテスト用紙を見られて「20点ってニオーだな!狙ったんだろぃ?」とバカにされるわ仁王先輩には「そんなに俺のことすきじゃったのか」とにやにやしながらこれまたバカにされたし(しかもタチが悪い)、終いにはフクブチョーにばれて「たるんどる!」と怒鳴られお小言を10分ほど聞かされた。あの人ほんとおっかねえんだよな…俺が勉強苦手って知った上でのお説教だから、吐く言葉もいちいち胸に刺さる。一応反省はしている。ほんの少し勉強しなきゃな、とも思う。が、改善の余地なし。俺に勉強は向いていないの一言に尽きる。上履きから靴に履き替えながら考えることは、最近ゲーセンに新しく入った格ゲーである。部活オフなのって、テスト前と大会後くらいだし。小遣い入ったばっかだし。テスト勉強?ゲーセン行った後やればいいっしょ。よし行くか。ものの3秒で頭を切り替えチャリ置きに向かう。中庭の花壇には「花を大切に。美化委員」と書かれた看板がパンジーと一緒に土に埋もれている。先日委員会で遅れたと後から部活にきた幸村部長の顔が思い浮かぶ、と同時に「切原くん」と俺を呼ぶ声が後ろからした。振り返ると隣の席のヤツだった。ちなみに話したことはない。

「うんち、落ちてた」
「……は?」

至って普通の顔で言うもんだからまじ意味わかんねーこいつやばい人なの?と眉をひそめると、そいつはすっと右手を目の位置までまっすぐ挙げた。あ、と思った。俺のチャリ鍵につけているうんちくんキーホルダーがそいつの指にぶら下がっているではないか。一気に肩の力が抜けて、警戒心がなくなった。

「もっと言い方あるっしょ」
「だってうんちはうんちじゃん」
「まあそうだけどさ」

うんちくんもといチャリ鍵を受け取ると何だか笑えてきて、ふっと笑うと向かいのその子もふって笑った。笑顔かわいーな。

「じゃあね。英語の勉強がんばって」
「げ。お前なんで知ってんの?」
「前のテスト返しのとき、大声で騒いでたじゃん」

しかも英語の授業中だいたい寝てるし。にやにやと仁王先輩みたいに笑うのを見て、見られていたという羞恥心。それとさっき頭から追いやった「英語の勉強」が思い出される。ゲーセンから帰ってきたって勉強に手をつけないなんて分かりきっていることだ。ていうか勉強したって分かんないものは分かんないし。開き直りというものだ。でも、ブチョーも復帰した今、赤点なんて取った日には俺はどうなるんだ…。さあっと青くなったであろう俺の顔を見てその子は不思議そうに首をかしげた。じゃあ行くから、という何気ない一言が死刑宣告されているように思えて、すがるように踵を返したその子に待ったをかける。頭では幸村部長が黒いものを背負って俺に笑いかけていた。

「あーあのさ!英語得意だったりとか、する?」

ぽかん、という言葉が似合うような表情。それを見て俺も自分自身の言葉に対してぽかんだった。いやいきなり何言ってんだ俺さっきまでゲーセン行くこと考えてたのに!自分の気持ちの変化についていけず、ぐっと口を結んで彼女を見やる。そうだこれは全部部長と副部長のせいだ、とは思うものの、念じただけで個別呼び出しをくらいそうで頭から追い払う。実際ただの言い訳にすぎない。一度目を合わせたかと思ったら、戸惑いがちに目を伏せて、小さくくちびるを開き、小さな声で言った。

「なまえって、名前で呼んでくれたら、いーよ」

予想外の言葉に、再びぽかん。感情や考えがあっち行ったりこっち行ったり忙しいけど、嫌とは思わない。ちらりとこちらを窺う彼女に思わず笑みが溢れた。

「なまえ、俺に英語教えて」

改めてお願いすると今度はふわっと笑っていーよと了解してくれた。彼女の表情も、くるくるかわる。なんかくすぐったい。

「じゃあ図書室行こっか、うんちくん」

いたずらっぽく笑うと、今度こそ俺に背を向けて下駄箱へと走っていった。

「うんちじゃねーよ!赤也!」

なんかなあ。俺こんなだったかな。よくわかんねー。たったったっ、と軽快に走る彼女を追ってると、彼女が靴じゃなくて上履きをはいていたことに気づいた。俺にチャリ鍵届けるために急いで追いかけてきてくれたのかなと思うと、頬が緩んだ。あ、俺ぜってーいつもの俺じゃねえや。でもまあいいかな。こういうのも。勉強終わったら飲み物でも奢ってやろ。ついでに、明日の放課後も一緒に勉強しよって、言お。


テストが返却される頃にはだいぶなまえと話をするようになっていた。赤点ぎりぎりのテスト用紙(それでも俺にしては大きな前進である)を幸村部長に見せたときに放たれた「全部俺の思い通りだね」という言葉の意味を考えると、冷や汗をかかずにはいられなかったのはまた別の話だ。

「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -