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私は平たく言ってしまえば彼のことが嫌いなので、情事の最中にのみ見せる気だるさと艶っぽさと哀愁をマーブル状に混ぜたみたいな表情と、捕らわれたら最後という程に鋭く刺すような眼差しも嫌いかと言えば、それは話が別である。でも煙草の煙は害でしかないから嫌いだ。さらさらの質の良いカバーがかかった布団を、頭の先っぽが見えるか見えないかくらいまで引っ張って鼻孔を隠す。彼はほんの少し笑ったような気配を醸し、依然として紫煙を燻らす。きっと彼はオーブのライターで煙草に火を点けたろう。雑誌でそれの買取り額を見てたいそう驚いた私は、彼からどうやってそれを貰おうかと本気で考えた。これすげーかっこいいだろあいつが買ってくれてさあなんて自慢気に話していたのを思い出して途中で止めたけど。派手な髪色といい女をたぶらかす話術といい、どこまでも毒々しい男だ。微睡みが私の扉をノックする。開いているのでどうぞお入りください、言えば私は浮遊感に弄ばれる。ふわふわ気持ちいい。私は眠ってしまわないようにと必死になって堪える。何事も本気本腰に入る一歩手前がよいことを、私は知っている。

「おい、寝んなよ」
「なんで。だって臭いし」
「すきだから」

脈絡もくそもない会話は私と彼らしいけれど、すきって言葉はらしくないと言われる度に思うのだ。そんなちっぽけなものに固執するところが、気にくわない。目も耳も閉じて彼を閉め出すも、私の唇に彼のそれが触れる。だからヤニ臭いって。一睨みするも思う壺だったのか笑われた。こういうところも気にくわない。今度は再び布団を被ればさすがに諦めたのか「おやすみ」と優しい声が降ってきた。



細かく言えば私は本当に彼を嫌悪しているというわけではない。だが、恋人に対してそのような言い回しを使うこと自体おかしなわけで。

「くだらないよねー」
「それはお前もだろ」
「そんなこと言わないで、心外だよ精市クン」

幸村の笑顔は昔と変わらず綺麗だが、大人の色気というやつも加わりさらに優美なものになった気がする。オープンテラスなんかでお茶しているものだから通行人の視線をこれでもかというほど感じる。年上のお姉さんとか口説いてそうだなこの人。あ、向こうから彼の方に寄ってくるのか。

「なんで付き合ってんだよ、お前らしくない」

彼とは小学生からの付き合いで同じクラスになったことも多くあり、割りと互いのことについて知っていたりする。私の歴代彼氏を全て把握している彼の言葉は納得のいくものである。

「なんなとく付き合うほどバカではないよ。奴のここがいいって、そう思える部分が1つだけある」

彼は言ってみろと眼で要求している。私は言おうか言うまいか少し悩んで、隠す必要もないなと思い、口を開く。

「女を落とすときの、野性の獣みたいな瞳」

バカらしいって言われるかなと予想していたがそれは外れた。幸村はふうんと意味ありげに呟いて、どこか満足そうな顔さえしていた。

「とんだ悪趣味だね」
「誉め言葉として受け取っておくわ」

ブン太とは彼が水商売を始める前からの知り合いだが、付き合いだしたのは彼に人気が出始めた頃だった。そんなわけで彼の「あんま店来てほしくねーんだけど」という言葉は信用に足りるのだけど寧ろ私は店にいるホストとしての彼が見たいのだ。彼には秘密で店に赴き女相手に媚を売る彼を見ることは少なくなかった。獲物を捕らえて離さない鋭い瞳に興奮を覚えた。これは確かに悪趣味だな。自嘲的に笑えば、幸村に喚起される。

「あまり深みに嵌まるなよ」

返事の代わりにコーヒーを口に含み静かに喉を鳴らせば、幸村は尚も笑みを携えていた。幸村に言われなくても気を付けるっつの。深みに嵌まる一歩手前の今が、いちばん楽しく心地よいのだから。



私が彼の借家である夜景が一望出来る高級マンションに訪れたある日のことであった。無駄に部屋数があるために無駄に作られた廊下を歩いて一番広いリビングに着くと、彼はキラキラというよりはギラギラと光り輝くそれを見下すように窓際にただ突っ立っていた。部屋には陰鬱な空気が充満している。発信源は彼にちがいない。ざわざわと胸騒ぎがして、ただ立っているのはあまりに息苦しかった。

「ブン太」

酸素を求めるよう名を呼べば返事の代わりに振り向いたその目はなんの色も灯しておらず、濁っていた。近寄りがたいし近寄るつもりもない私は、そのまま口を結んで彼が行動を起こすのを待つ。

「あいつがさ、いなくなったんだよ」

たっぷり数秒の間をもって発したのは呆気ない告白。あいつの正体はブン太の最も太いヒモであることなど容易に想像することが出来た。

「なあ、俺、あいつがいなきゃやべーんだよ。お前も知ってるだろ?」

街中の灯りを背負って私にすがり付くブン太には、全てを薙ぎ倒すような力などこれっぽっちも感じられない。私の腕を掴む手は心なしか震えている。私はもう、ブン太の隣で心地好い泥の中で微睡むことは出来ないのだろう。彼に対する熱が急激に冷めていくのを感じる。彼の野性の獣を思わせる瞳がすきだった。本当に何でもできてしまうのではないかとさえ思えた。

「あいつがいなきゃ、お前をしあわせにだって、出来ないのに」

野性の瞳を亡くした君には無理だよ。心の中で微笑みかける。私の胸で咽び泣くブン太の前からどうやって消えようか、そんなことばかり考えながら震える背中を撫でてやった。

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