「ねえ」
「おん」
「もしも私が犬だったら」
「犬?」
「蔵は私を飼った?」
「そらもう可愛がったるよ」
「そう」
日曜の午後3時、穏やかな陽射しの差し込む6畳のリビングである。細身のグラスには融けて丸みを帯びた氷が列を成して麦茶を冷やしている。
「私はもしも蔵が犬だったら物足りないと思うかも」
「なんで?」
「だって全部完ぺきでしょ。トイレも芸も」
「世話の焼ける子ほどかわええっちゅーやつか」
「蔵はとってもお利口さんなの。だけどもっと飼い主に世話を焼かせてほしいの」
「欲張りやな」
「うん、そう」
蔵が涼しげに笑むと、網戸から風が吹き込んで風鈴を鳴らした。金魚の形をしたそれは、去年の夏祭りに私が着ていた浴衣の真っ赤な帯に似ていると言って蔵が買ってきたものだ。半透明のしっぽがゆらゆら揺れて、こちらへおいでと誘っているようであった。
「私は欲張りだね」
蔵は眉尻を掻いてまたひとつ笑った。
「そんなん気にならへんしむしろかわええわ」
「だって私、もしも蔵が猫だったら自由気ままにほっつき歩いてほしくないよ」
「歩かへんよ。いつでも傍におる」
な?私を宥めるように頭を撫でて首を傾げる。その仕草すきって分かっていてやるから、ずるい。
「いつまでも、傍におる」
彼は知っている。私がどんなことをされると嬉しいか、何と言われると喜ぶか、全て心得ている。
蔵がそっと赤い金魚の風鈴に手を伸ばす。愛でるようにガラスの凹凸を繰り返し撫でている。私がもし犬であったとしても、猫であったとしても。この感情は私を貫き続けるのだろう。やがて1本の太い軸となり、私にとってなくてはならない物になるのだろう。
金魚鉢の金魚は、自由を知らない。