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「あーもうまじたりぃ授業さぼろうかな」
「ブン太、駄目でしょ」
「へいへーい」

これはほぼ毎日する会話であって、そこに本意は込められていない。強いて言うなら俺がなまえに止めてもらいたいから。なまえはただ自分の席に座っているだけで、たまに悲しそうな顔をする。かと思ったら教室を見渡して嬉しそうな顔をする。月イチで行われる席替えで、俺は一番の当たり席である最後列の窓際をゲットした。ちなみに隣の席がなまえ。百面相の忙しない奴。いつも俺のすぐ隣にいて、よく話しかけてくる。たまに屋上に行けば必ず天を仰いで、眩しそうに憎らしそうに、雲を見据えている。


授業開始のチャイムが鳴って、クラスメイトがばらばらと席に着く。現代文の教師が聞き慣れない題名と作者名を黒板に書き出して、ああ今日から新しい物語文に入るんだと思った。教師が作品の概容を説明して、本文を読み始める。音読の最中に話す奴なんか一人もいないのに、なまえだけは違う。こいつは俺が応答をしなくても俺に話しかけてくる。これも割といつものこと。「竹本先生の声って眠くなるよね。多分音波が特別だよ」「ほら仁王くんもう寝ちゃってる。うつ伏せなんてあからさまでバレちゃうよ」「あはは、やっぱりバレた」何でもないことが珍しいみたいに、楽しげに話す。合いの手や返事をする代わりになまえの方を向けば、先程の笑顔はどこへやら、泣く直前みたいな顔をしていた。


「多分、もうそろそろだよ」


今度は返事をしないんじゃなくて、言葉を失って返事をできなかった。



久し振りに雨が降った。最近あいつが学校に来ない。その2つくらいしか日誌に書く出来事なんて浮かばない。いつもならあいつが書き終わるまで待っててくれるのに、今日はいない。今日もいない。ポケットから携帯を取り出してアドレス帳を開く。なまえのページとにらめっこしても彼女からメールが来ることも電話が来ることも、況してや写メから彼女が飛び出してくることなどない。退屈だ。日誌さえ書き終えれば家に帰れるけれど手が書けないって白旗を挙げるもんだから仕方がない。しゃーないから誰かのパクろうと一気にページを5、6枚捲って過去を遡ると、すぐに自分が墓穴を掘ったことに気付く。ああ、そうか。そうだったよな。日誌に書いたなまえの名前を跡も残らないくらい綺麗に消した。雨が窓を叩く音が強まった気がした。



同じ朝は来ないって聞いたことあるけど、俺はあの雨の日から、何一つ変わりのない日々を過ごしているように思う。次の理科の授業は顕微鏡を使った実験をすると言っていたから、俺は理科室に向かう同級生にまざって廊下を歩き、下級生にまざって階段を上がる。夢にまで見たサボタージュ、てほどじゃないけど、ミジンコやミカヅキモなんて微生物を観察している気にはさらさらなれなかった。


北風が俺を出迎える。夢遊病患者みたいな足取りで、それでも確実に前進する。ふらりと腰をおろして手を頭の後ろで組んで体を倒せば、給水塔が背中を支える。視界はほぼ青が広がる。仁王は屋上を気に入っていたけど、あの日から俺に譲るみたいに出向かなくなった。そう、あの日から。

「お前の机の花、やっと下げられたぜ。長いよな、2週間もさ。教室も辛気くさいしよ」

なまえは確かに居たのにな。過去形にしなければならないのが、何より疎ましい。歯を強く噛み合わせて、憎いくらいに澄んだ蒼穹を見据える。太陽の熱を吸い込んだ給水塔は適度な熱を孕み、寄りかかっている俺の眠気を誘う。

「佐藤の奴さあ、毎日花の水替えてたんだぜ。ありゃぜってーお前のことすきだったな」

彼女は何も答えない。俺の言葉だけが、宙に浮かんで消える。

「……なあなまえ、何か言えよぃ」

分かってた。いつか本当になまえがいなくなること。少しの間でも留まってくれたことが、奇跡のようなこと。怒鳴り声でいい、声をききたい。そんな理由から、屋上で授業をさぼって。それでも彼女はいつものように「駄目でしょ」と注意をしてくれないので、代わりに俺は、今日もアイツの居る空に唾を吐き付けるのだ。

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