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朝起きる度に死にたくなる。私の目元は湿っていて、乾いてかぴかぴになっていることもあった。何の夢を見たわけでもない、他人に嫌なことをされているわけでもない。不満とか憎悪とかの感情論ではないのだ。朝目が覚めると、朝日を見ると、絶望が心を占めて死にたくなる。こうなったのはいつからだろう。

「おはよう」

私の心情とは全く違う爽やかさをもって扉を開けて中に入ってきた精市は未だ寝間着で、彼は起床してまず着替えをする人だから起きてすぐここに来たのだと思う。私が室温に合わぬ寝汗をかいていることを知ってすぐさま来たのだろう。精市は、優しい人だ。

「おはよ、う」
「水、飲む?」
「……うん」

ぽん、と私の頭に手を置き、熱がいくらか移るのを待って水を取りに台所へ向かう彼の後ろ姿を見て私は、先程まで抱いていた感情がするする萎んでいくのを、飴玉を舐めて溶かしきったような余韻を感じながらも噛み締める。忘れるべきだ。忘れてはならない。真逆の思いがせめぎあう。精市が水の入ったコップを持って来ることで、そんな思いも死にたいという願望と同時に完全に消え去った。

「飲んで落ち着きな」
「うん、ありがとう」

冷えた軟水が体の中を通っているのを感じていると半分以上の水を飲んでいた。精市は私を優しい眼差しで見つめ、再び頭を撫でると朝食を作ると言って部屋を去る。

「手伝わなくていいから。もうちょっと休んでな」

笑顔で私の心を読んでいたかのような台詞を言われてはたまらない。ゆっくりと閉められた扉を見る。精市は優しい。優しくて残酷で美しい。一緒に住んでいる人を形容するような表現ではないものも含まれるが、的確な表現だと思う。精市は私が死にたいと思う原因を知っている。それを私に伝えない真意は分からないけれど。
ベットから立ち上がりカーテンを開けると、雨が降っていた。ざーざーと音を立てて全てを濡らす。雨は嫌いじゃない。窓を開けて手を伸ばすと指の先っぽだけが雨に触れることができた。色とりどりの傘が行き交う小路に微笑みを溢し、窓を閉めた。精市と出会ったときも雨が降っていた。ずぶ濡れのみすぼらしい私の頭を撫でる手はやっぱり暖かくて、今でも頭を撫でられるとその体温を思い返す。精市の私に対する気持ちは何でもよかった。傍に置いてくれるなら、それで。

「朝ごはん出来たよ」

窓の外を見ていた私に眉を下げて笑いかける。精市の後に着いて台所へ向かい、椅子に座る。テーブルにはトーストと3種のジャムの瓶とサラダとベーコンエッグ、それに湯気を出すココアが注がれたマグカップが並べられていた。暖かいそれを両手で包むと指がじんと痺れた。食べよう、促されて手を合わせる。いただきますという言葉は、精市と出会ってから初めて知ったような気がする。
ご飯を食べるとき、テレビも音楽もつけないから食器が触れ合う音しかしない。今日は雨の音も加わっていつもより少し賑やかだ。雨は一日降り続くのだろうか。今日中はずっと降っているといいな。

「精市」

精市は私の声に反応をせず、サラダのレタスにフォークを刺している。

「誕生日おめでとう」

レタスを咀嚼し、飲み込んでから向かいに座る私と視線を合わせると、にこりと微笑む。

「ありがとう」

死にたがる私はこの人に生かされている。この人の生が私の生を繋ぎ止める。私は、それだけは知っている。死にたいのに死なない理由は、それだけで十分だ。

「今日は出掛けようか」
「雨降ってるよ」
「雨だから出掛けるんだよ」

精市がココアのマグカップを傾け喉仏を上下に動かす。それに倣って私もココアを飲む。精市の作るココアは甘いだけじゃない。作り方を教えてもらおうと頼んでも、いつでも俺が作ってあげると言われて、私は笑うことしか出来なかった。私は彼に何かを求めることはしないけど、近付きたいと思う。寄り添うなんて生温いものじゃなくて、いっそのことひとつになってしまうくらいの距離にいたいと思う。だから死にたいと、思うのかもしれない。
だけど彼はそれを許さない。近付くことすら烏滸がましいと言うように牽制する。真意は、分からないけど。精市がそうしたいならそれでいい。

私は彼の誕生日プレゼントだ。

2012.03.05 happy birthday 幸村!

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