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ただ幼かった。お互いに。だから相手を責めるとか卑下になるとかはしなかった。ただ少し、恋愛をするには早すぎたのだ。十分納得のいく理由だった。寄り添って過ごした2年と半年は私と彼を成長させてくれただろうと信じたい。この世に無駄なものなどないと、私に言ったあの人とは彼と付き合った期間まるごと話をしていない。学校も学年も同じだからたまに目にするが、突き放したのは私の方から。私から歩み寄ることは、ない。だから彼と別れた今も、もう話をすることはおろか二人で会うことだってないと思っていた。

「柳、くん」

そおっとその人の名を呼ぶと、ゆっくりと顔をあげる。さらさらと柳くんの髪が彼の額を流れる。木枯らしがひゅうと吹いて、私と柳くんの髪を靡かせる。柳くんはクリーム色のカーディガンを着ていて暖かそうだった。そういえば好きな色は白だと言っていたっけ。彼と付き合っているときは柳くんのことを思い出すことなんてなかったのに、未だ覚えていることに少し驚いた。柳くんと話をするのは、あのとき以来だった。




「私、彼氏できたんだ」
「…そうか」

教室の出入口のドアのところでそれだけ言うと、柳くんはそれ以上に短い言葉を返して自分の席に戻って行った。柳くんは頭がいいだけあって物分かりもいいんだな、と感心した。中2の初夏、はるばる6つも離れた柳くんの教室まで行って果たした用事は、彼氏ができたという報告のみ。髪型変えてさっぱりしたね、とかまた身長伸びたんじゃない、とか、会話なんてしようと思えばいくらでもできたけど今の私には不要だった。柳くんの背中にばいばいと言うと、彼は顔だけ振り返って手を挙げた。柳くん、ばいばい。もうあなたと話をすることはありません。メールアドレスも消してください。今までありがとう。柳くんが私の幸せを願ってくれるかどうかは分からないけど。関係のないことだと思っていた。私と彼、二人がいれば私の世界は安泰だなんて考えしかできなかった私は、この世に無駄なものなどないという言葉自体を無駄にした大馬鹿者であった。


柳くんが私と彼が別れたことを知っているのはほぼ確定だった。そうでなければ彼は私を呼び出したりしないだろうし、私だって申し出に応じることはない。

「なんで呼び出したかなんて、分かっているだろう」

柳くんが静かに口を開いた。中学校と同じく高校にも校舎裏に1本の木が立っている。告白スポットとして有名な木。そこに柳くんは、私を呼び出した。葉っぱが落ち始めた木は私たちを隠してなんかくれない。校舎裏なんてもともと人気がないが、それでも周りの目を気にしないという様子の柳くんは、ゆっくりと目を開いて私を見る。どくんと音を立て一層大きく脈打つ心臓がうるさい。なぜ彼の方が穏やかな表情なんだ。私なんて表情筋がかちこちに固まっているというのに。

「お前は中1の初夏、部活終わりに顔を洗っていた俺にお疲れと言ったな」
「……たった、それだけのこと」
「そうだ、たったそれだけで済むことで人は他人に惚れるし、他人を嫌うんだ」

返す言葉もなく柳くんの形のいい唇を見つめる。とてもじゃないけど目なんて見れない。柳くんは、私が彼に「重い」と言われて、そうして私が別れる決心をしたことを知っているのだろう。彼は軽い感じの人だった。それでも2年と半年続いたのは、私が心底彼に惚れていて、尽くしていたから。引き際はあまりにもあっさりとしていたけれど。皮肉。柳くんの涼しげな表情には似合わない。

「みょうじが俺にお疲れと言ったあの日からちょうど一年後、みょうじは俺に彼氏ができたと言った」
「…ちょうど一年後だったんだ」
「わざとではなかったのか」

小さく笑んだ柳くんは、単純に会話を楽しんでいるようにも見える。それでも合間に出来る沈黙に緊張した空気が流れるのは、彼が言わんとすることのせいだろうか。

「俺はみょうじを大事にするし、お前が望むなら軽い男にだってなる」
「そんなこと、望まないよ」
「だったらどうすれば俺はお前に求められるんだ」
「どうって…」
「俺のこころは、無駄になるのか?」

柳くんらしくないと思った。賢く観察力に長ける柳くんに似つかわしくない言葉を言わせたのは紛れもない私なのに。ふわり。そんな風に優しく抱きしめられた。動揺している私でも、柳くんの必死さをありありと感じる。柳くんはずっと私を想い続けていてくれたのだと分かる。

「すきなんだ」

絞り出すような口調に、呼吸すら儘ならなくなるのに。それくらい柳くんは真剣に私を想ってくれているのに応えられない。私だってすきになりたいよ。そんなこと、言えるわけない。抱きしめられたままの体から、彼の熱がいつになったら引くのか、私は知らない。

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